第75話 名もなき悪竜
榴弾が破裂するかのような衝撃音。
そのたびに空気が震え、大地が揺れる。
二頭の凶獣が殴り合っている。蹴り合っている。
ただそれだけで、砲弾の飛び交う戦場を生み出している。
逃れるように視線を外せば、そこにはまた異なる獣。
跳躍し、しなり、回転し、転回し、また跳躍し、絡み合う。
それは二羽の猛禽が織りなす空中戦。
必殺の爪と、致命の嘴で、互いの心臓をえぐり出さんと火花を散らす。
そんな戦場で金髪の少年――正木ユウヤは頭を抱えて震えていた。
嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
こんなことはありえない。あってはならない。
おかしい、絶対におかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
魔法やスキルが飛び交うトップ配信者の映像は何度も見た。
ハリウッド映画みたいに、スーパーヒーローみたいに、人間が飛び回り魔法が飛び交う。きらきらとしたエフェクトがかかり、テーマパークのパレードみたいだ。
そういうものが、戦いだ。
ユウヤの知っている、頂点だ。
爆発音。
また大地が揺れる。
血に塗れた獣が牙を剥いてけたたましく笑う。
風切り音。
電光の攻防。
華麗な猛禽が羽根を散らして美しく舞う。
それは生と生とのぶつかり合い。
混じり気のない闘争本能の交換。
勝利への意志すらない純粋な暴。
そこに殺意はない。
そこに悪意はない。
そこに害意はない。
内なる獣が鎖を引き千切ったのだ。
己の肉体が命じるままに暴れろと。
飢えた獣が空の彼方へ吠えるのだ。
一欠片の灰も残さず力を振るえと。
怪物。
それはダンジョンにいるモンスターという意味ではない。
逸脱したもの。普通でないもの。測れないもの。
四つの怪物が歓喜に打ち震え、この世に地獄を顕現している。
嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
こんなことはありえない。あってはならない。
おかしい、絶対におかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
だから、夢に違いない。
風邪で寝込んだときに見るような、熱に浮かされた悪夢だ。
そうだ、風邪だ。
風邪だから、薬を飲まなくちゃ。
ユウヤの虚ろな視界に薬が映る。
スーツケースに残ったそれを掴み、口の中に放り込む。
ばりぼりと噛み砕く。
口腔の粘膜から神経を辿って脳に電流が走る。
視界が、少しくっきりした気がする。
薬はまだまだある。
地面に散らばったそれをかき集め、土ごと噛み砕き、嚥下する。
首の後ろから全身に向けて電流が走る。
指の骨がみしみしと軋み、どこまでも伸びていく。
どんな遠くのものでも掴めそうだ。
ああ、あそこにも薬箱がある。
一匹を掴み、引き寄せる。
でたらめに伸びた牙で、そのはらわたを食い破る。
細く長く伸びた舌で、中身を吸い取る。
次の一匹、次の一匹、また次の一匹。
ああ、薬を飲んだら腹が減ってきた。
ちょうど、新鮮な肉がたくさんある。
喰らう、喰らう、喰らう。骨も残さず貪り喰らう。
腹の底から力が漲る。
血液が沸騰している。
全身の骨が赤熱する。
ああ、そうだ。何を恐れていたんだ。
やつらはあんなにちっぽけじゃないか。
あんなに大きく見えたのは、どうやら錯覚だったらしい。
本当は、やつらなんか俺の足元にも及ばないんだ。
庶民、愚民、俺様に使われるために存在するモノ。
俺様を見下していいやつなんて、この世に一人も存在しないんだ。
そうだ、あんなやつらはどうだっていい。
俺様を見下すやつがいた。
生まれたときから、眉ひとつ動かさず、俺様を見下すやつがいた。
やつの顔を思い出したら、頭の芯がすっと冷えた。
ああ、クソ。気分が悪い。最悪だ。薬を飲まなきゃ。
薬、薬、薬、薬薬薬。
もう薬も薬箱もどこにもない。
取りに帰らなきゃ。
ああ、そうだ。もう帰ろう。
帰って薬を飲んで、ゆっくり寝よう。
ああ、その前に、俺様を見下すやつをぶち殺すんだ。
やつさえ消えれば、俺様を見下すやつはこの世からいなくなる。
ぶち殺そう。
ぶち殺そう。
ぶち殺そう。
帰ろう。
帰ろう。
帰ろう。
薬。
薬。
薬。
異形と化した半グレどもの肉体を喰らい尽くし、ひとつの巨大な肉塊となった。
これこそが、
あるいは、人間以下に堕とすもの。
それにはモンスターの持つ形質、すなわち魂の破片が宿る。
ダンジョンが与える
ユウヤのジョブ<聖騎士>は、本来なら清廉な魂にのみ宿るもの。
だが、ユウヤはそれを金に飽かせて裏取引で手に入れた。
ジョブオーブと呼ばれる、資格とは関係なしにジョブを得られるレアアイテム。
ユウヤの魂と、ダンジョンの
唯一生き残ったのは、理性なき邪竜の魂。
はるか太古、神話の時代。
聖騎士の祖、聖ゲオルギオスに討ち倒された名もなき悪竜。
理性も知性もなく、山の如く巨大な竜は、ユウヤの残滓とでも言うべき思念に方向づけられ、地響きとともに歩き始めた。
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