第88話 猛毒の花

 新たに現れた謎の人型モンスター。


 漆黒の肌に漆黒の衣を持つ男性を見て、一番にシロが強い反応を示す。


「その姿……なぜお前がここにいる!」


「あぁ? ははっ! まさかこんな所でお前に会えるとはなぁ……! 俺は運がいい」


 けらけらと男は笑う。どうやらシロの知り合いっぽいな。


 恐らく、会話の内容からしてシロを殺そうとした闇の君主の元仲間ってところか。


 裏切り者の、な。


「答えろ! その外見……魔力……まさか?」


「ああ。お前の想像通りだよ。あの後、俺様が闇の君主の魔力を手にした。あの膨大な魔力に適合したんだ!」


「なぁっ!?」


 シロの表情に、怒りと困惑、そして深い哀しみの色が混ざって浮かんだ。


 ぎりぎりと奥歯を噛み締めるが、今の彼女には力がない。目の前の相手と戦う力もない。


 拳を握り締め、苦しそうに男を睨む。


「ククク。生意気なお前のそんな表情が見れるなら、今すぐ殺すのはなんだか惜しいな……せっかくだ、生かしたまま連れて帰って遊ぶか?」


「小生は別に構いませんよ。あの女の苦痛に歪む表情を見るのは、たしかに酒の肴くらいにはなりますからね」


 紅さんの攻撃を喰らったはずのもう一人の男も無事だ。


 体の大半が焼け爛れているが、すぐに再生していく。


「よし。なら決定だ。さっさとそこら辺にいる人間共を殺し、あの女を手に入れるぞ」


 黒衣の男は、にやぁ、と不気味な笑みを刻んで言った。


 それに対して、臨戦態勢の紅さんが吐き捨てる。


「あんた——うるさいわよ」


「あ? ——ぐっ!?」


 相手の返事を待たずに、炎をまとった紅さんが黒衣の男を殴り飛ばした。


 凄まじい勢いを受けて後方へ飛んでいく。最終的に俺の展開した結界にぶつかり、重力に従って地面に落下した。


「ふんっ。偉そうなこと言う割には大したことないわね」


「まるで悪役みたいな攻撃でしたね、紅さん」


「あぁん? それって褒めてないわよねぇ、庵ぃ」


 じろり。


 余計なことを言った俺は彼女に睨まれる。苦笑しながら、


「冗談ですってば」


 と適当に言い訳を並べた。


 すると、紅さんに殴られた黒衣の男が、平然とした様子で立ち上がる。


 体を覆っていたはずの炎がいつの間にか消えていた。傷もない。


「これは珍しい……異世界の猿が精霊化できるとは。なかなかの逸材ではないか」


「そうでしょうそうでしょうとも。この黒い結界を張っている男も含めて、小生は味方にほしいのですがねぇ」


「黒い結界? そう言えば先ほどそんなものに触れたな……ふむ」


 黒衣の男の視線が俺のほうへ向けられた。


 互いに見つめ合う。


「貴様……よもや、俺様と同じ魔力の波長をしている……いや、この魔力の感じは……まさか、闇の君主!?」


「みんなそれを言うね。知らないよ、そんな人」


「似ているだけか。それにしても……実に不快な気分だ。女は連れ去ってもいいが、あの男はダメだ。俺以外にも同じ能力を持つ存在など……許せん!」


 そう言って黒衣の男が地面を蹴る。


 一瞬にして俺の目の前に現れると、闇をまとった拳を——。


「————芙蓉の大樹」


 バキバキバキィッ!


 突如、黒衣の男と俺の間に、地面を砕いて巨大な木の根が出現した。


 木の根は複雑に絡み合い、瞬時に壁を構築する。


 わずかに発光しているこの木は……花之宮さんが扱う黄魔法だ。


「どけ。雑魚に用はない!」


 黒衣の男の声が聞こえる。次いで、木の向こう側から凄まじい魔力と衝撃が放たれた。


 再び木がバキバキと音を立てる。だが……。


「なに……?」


 次いで聞こえたのは、黒衣の男の怪訝な声だった。


 木は壊れない。むしろ、崩れるほどに再生を早めていった。


「ふふ。わたくしの魔法は簡単には壊せませんよ。自動で再生しますから。そして——」


 ぱんっ。


 花之宮さんが手を叩く。


 すると、木のてっぺん。蕾の部分が花を咲かせた。


「変化。創造。鈴蘭の花」


 真っ白い花だ。


 花からは花粉が落ちていく。その花粉もまた発光していて美しい。


「ッ!? この反応は……毒か!」


 花粉が降り注ぐ中、隙間から除く黒衣の男は、急に膝を突く。


 毒?


「正解です。その花粉を吸ったり触れると、痺れたり——弱い人なら死んじゃうかもしれませんね」


「え゛」


 そんな危険な技を、仲間がいる状況で使ったの!?


 なかなかにバイオレンスな人だな……花之宮さん。


「あらあら。兜で表情は見えませんが、明墨さんが言いたいことはわかります。ですが、ここにいるメンバーなら問題ないでしょう? わたくしには効きませんし、剣会長は風で弾ける。紅さんは燃えるので触れることもできない。明墨さんだって、その鎧がある。ね?」


「ね、じゃありませんよ! たしかに問題ないかもしれませんけど、そういう技があるって事前に……知らなかったのは俺だけですか?」


「はい。紅さんも剣会長も知っていますよ。ごめんなさい」


「まあいいですけどね……敵には効いているみたいですし」


 幸いだったのは、念のためシロに鎧を被せておいてよかったことと、相手が俺みたいに鎧をしていなかったことか。


 体がぷるぷると震えている。痺れているだろうに元気な奴だな。


「ククク……毒か。ちょこざいな。こんなもので俺を抑え込めるとでも思ったのか?」


 黒衣の男は不敵に笑う。

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