第100話 二つのキス

 翌朝。


 目を覚ました俺は、不思議な温もりと息遣いによって起こされた。


「…………ッ!?」


 目を開けてしばらく、呆然と霞む視界で正面を捉える。


 体の向きは横になっていた。そして、鮮明になっていく視界に映っていたのは——黒い塊。


 それがクロの髪だとわかると、途端に心臓が跳ねた。


 眠気なんて一瞬で吹き飛ぶ。なぜか、俺の体にクロが抱きついている。


「くくく、クロ!? なんでクロが……って、そうか。昨日、一緒に寝たんだっけ……」


 冷静に記憶を漁ると、寝る前の記憶が蘇った。


 それによると、ベッドに浸入してきたクロ——ともう一人、シロの三人で寝たところを思い出す。


 だが、クロもシロも途中から俺の隣で寝ていたはず。それがなんで、クロは反対側に移動しているんだ?


 これじゃあ俺がクロとシロに挟まれている形に……ッ!?


 そこまで思考が巡ると、同時に背中に当たっていた温もりの正体にも気づく。


 このむにむにっとした感触に、首元に当たる息遣い……昨日と同じように、反対側ではシロが俺に抱きついていた。


「~~~~!?」


 グオオオオオオ!


 致命的な精神ダメージを食らう。


 とても嫌とは言えない状況だ。実際には美少女二人に抱きつかれてそれなりに嬉しい。


 嬉しいが、とても気まずいという気持ちも本物だった。


 なるべく二人を起こさないように頑張って動くが、クロもシロもがっちりと俺をホールドしているため抜け出せない。


 ま、まずい。このままでは俺は、どうにかなってしまう!?




 必死に細かく体を動かして逃げようとするが、逆にクロもシロも俺に近づいてくる。絡み取られた蝶のように、気づけば目の前にクロの顔があった。


 体を下に落として抜けようとしたせいだ。ずるずると視点が下がっていき、やがて首元にあったはずのクロの顔が目の前に。


 寝ている彼女の息遣いが直接当たる。


 や、やばい。


 本当にやばい。色んな意味でやばかった。


 どうしたものかと悩んだ結果、もうダメだと諦めてクロを起こしにかかる。


「く、クロ? おーい、クロ。起きて~」


 もぞもぞと彼女の体を揺らす。


 少しして、クロが、


「んん……?」


 体を動かして反応を示した。


 ゆっくりとその漆黒の瞳が晒される。


「…………イオリ?」


「お、おはよう」


 彼女の目と俺の目が合った。ぎこちない寝起きの声に、俺はぎこちない笑みを浮かべて挨拶をする。


 そこで彼女は、しばし俺の顔を見つめたあと、


「なあに、イオリ……私が恋しくてキスでもしたかったの?」


 と小さく笑った。


 コイツ寝ぼけてるのか? と思ったのも束の間、なぜかクロは、


「ふふふ。しょうがないなぁ。私、あなたのこと結構好きだからいいわよ。シロを助けてくれたお礼もまだ正式にはしてなかったしねぇ」


 とどこか間延びした声で言ってから、チュッ——。


 クロの唇が俺の唇を奪った。


「~~~~!?」


 一気に俺の思考がパニックに陥る。


 これは現実なのかと認識がバグッた。


 顔が燃えるように熱い。今すぐ体を離したかったが、後ろにシロがいてまともに動けない。


 そのままクロは数秒間俺の唇を堪能すると、ゆっくりと自らの口を離して微笑んだ。


「ファーストキス、ね。私、初めてだったのよ?」


「ッ。な、なに言ってるんだ……今のは事故みたいなものだろ!?」


「あー! 失礼しちゃうわ。私、誰にでもキスを許すような尻軽じゃないんだからね!」


 そう言うともう一度、チュッ。


 クロは俺の唇を奪った。


 今度はすぐに唇は離れる。


「く、クロ!?」


「ふふふ。慌ててる慌ててる。もしかしてあなた……私と同じで経験ないわね?」


「うぐっ」


「あら、図星」


 それ以上はよくない。俺のメンタルも削られるし、余計恥ずかしくて死にそうだ。


 なんとかシロの拘束を解きながらベッドから起き上がる。


 無理やりになってごめんね、シロ。でも、君のかつての上司がセクハラしてくるから……。


 そう思って急いでベッドから降りようとすると、——がしっ。


 クロとは別の方から手を掴まれた。


 ぎぎぎ、とそちらへ視線を送ると、




「ずるい」


 ばっちり目を開けたシロの姿が映った。


「し、シロ? いつの間に起きて……」


「クロ様とイオリがキスしてるところから見てた。ずるい。わたしもする」


「いやいやいやいや!」


 ちょっと待ってほしい。


 キスしてるところを見られたのも相当恥ずかしいが、それよりシロまで俺にキスをする!?


 それはちょっと違うんじゃないかな!?


 慌てて口を塞ぎながらシロに告げた。


「し、シロ! そういうのはもっと相手のことをよく知って好きな人にだね……」


「イオリ、クロ様とはキスした。ずるい」


「あれはクロが勝手に……」


「なら、私も勝手にする」


「いいわね。協力するわ」


 がしっ。


 言うや否や、後ろから俺を羽交い絞めにするクロ。


 こ、この野郎!? なんて素早い動きだ。それに技もしっかり決まっている。


「さあシロ、存分に味わいなさい。イオリは私たちの共有財産よ」


「誰が共有財産だああああ! 離せええええ!」


 それは必死に抵抗したが、勝てるはずもなく。


 その後、今度はシロにもキスされてしまった……。

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