第26話 黒騎士、即行で身バレする
「——東雲千さん?」
スマホの画面にアプリを介した通知が届く。
誰からの連絡だろうとアプリを開いて確認すると、それは前にダンジョンで助けたことがある有名ダンジョン配信者の女性からだった。
打ち込まれたチャットの内容を見て驚く。
『こんにちは明墨さん! 急な連絡すみません。もしよかったら、この前助けてもらったお礼に一緒に遊びに行きませんか? お互いに学生なので、休日にでもどうでしょう!』
「……これはいわゆるあれか?」
デートというやつなのではないだろうか。
俺の勘違いというパターンもあるが、少なくとも男女が一緒に外へ遊びに出かける行為を世間的にはデートという。
俺たちの関係はもっとそこから遠いものだが、それでも素直に嬉しかった。
これまで女性との交際経験がないのはもちろん、デートしたこともない。
誘われることはあったが、緊張と不安を盾に「忙しいから無理」と断り続けてきた。
今さらながらに酷い奴だ。
いまは反省してる。
「こんなチャンスもう滅多にないよな……よし!」
断る理由はなかった。
あれだけの美人と一緒にデートできるなら、お礼でも感謝でも理由はなんでもいい。
すぐに『ありがとうございます。ぜひご一緒に』と返事を返した。
▼△▼
「——あっ! もう明墨さんから連絡がきた!」
庵にデートの誘いをかけた東雲千。
彼女は自室にて、ずっとスマホの画面を眺めてそわそわしていた。
理由は庵からの返事待ち。
思い切って助けられたことを前面に出しつつデートに誘ってみたが、その返事があまりにも気になってずっと無意味に画面を見つめていた。
——断られたらどうしよう。気持ち悪い女だと思われたらどうしよう。
そんな不安ばかりが脳裏を過ぎる。
チャットを送ったことを後悔した。取り消すことはできないから余計に心臓がバクバクと早鐘を打つ。
返事自体はすぐに帰ってきたが、確認するのが怖くて咄嗟に目を瞑ってしまった。
それからおよそ三十秒経過。
ゆっくりと瞼を開けて、決意を胸に庵のメッセージを見る。
「…………ッ!」
そこに書かれていたのはOkの返事だった。
その瞬間、熱いくらい顔が赤くなって喜びに彼女は跳ねた。
「やっっっったああああああああ!」
スマホを胸に抱きながらぴょんぴょんとベッドを揺らす。
下の階から母親の「うるさいわよ千!」という文句が聞こえてくる。
飛び跳ねるのはやめたが、千の内心は庵とのデートで占められていた。
まるでうわ言のように、
「明墨さんとデート……私とデートしてくれるってことだよね? 少しは私に興味あるってことだよね!?」
とぶつぶつ呟いていた。
その日は、次の休日になにを着ていこうか本気で迷った。
気が早いと遅れて呆れるのは一時間もあとのことである。
▼△▼
数日後。
東雲千さんと約束した休日がやってくる。
有名人と会うっていうのもそうだが、女性とデートするのが初めてなので無駄にそわそわしていた。
普段、あまり着ないお洒落な服をクローゼットの中から引っ張り出し、自分なり身嗜みを整えた。
身バレ防止のサングラスを着用して待ち合わせの東京都新宿駅の外に向かう。
まだ約束の時間より三十分以上も余裕がある。
まあ相手を待つのは誠意だ。少しくらいこの逸る気持ちを落ち着ける時間があったほうがいい。
そう思って現地に着くと……。
「あれ?」
そこには可愛らしい服に身を包んだ東雲千さんがいた。
数名の男女に絡まれているが恐らくファンだろう。
にしたって来るのが早い。彼女もまた僕と同じく、集合時間より明らかに早く来るタイプだったか……。
そこまで思考を巡らせてから、彼女のそばに寄る。
東雲さんはファンたちによる接近に困っているように見えた。
あいだに腕を差し込んで割って入る。
「はいちょっとごめんなさい。彼女、俺と約束してるからしつこくするのは止めてもらえるかな?」
「あ? 誰だよお前」
案の定邪魔された側のファンはじろりと俺を睨む。
だが気圧されることはない。ダンジョンのモンスターのほうが十倍は恐ろしい。
仮に殴り合いをしても勝つ自信が俺にはあった。さすがにしないけどね。
「あ、明墨さん?」
「こんにちは東雲さん。待たせてごめんなさい。それじゃあ行こうか」
「お、おいちょっと待てよ! 俺たち彼女のファンなんだよ! 少しくらいいいだろ!」
がしっと後ろから肩を掴まれる。コイツしつこいな……。
振り返ってハッキリと言った。
「ファンなら彼女の予定を邪魔しないでもらえるかな? そういうのを迷惑っていうんだよ」
「て、てめぇ! そもそも何なんだよお前! 千ちゃんの何だよ!」
「ああ、彼氏じゃないから安心して。今日はちょっとお互いに用事があるんだ。解ったらこの手を離してくれないかな? 痛い思いはしたくないだろ?」
あくまで笑みを作って、とんとんと相手の手を軽くつつく。
男はなおも俺の肩を掴んだままだ。
しかしその後ろに並ぶ女性ファンのほうが俺の正体に気付く。
「……あっ! この人もしかして……最近有名になってる黒騎士!?」
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