第3話 黒騎士、無双する
「あ、あれは……なに?」
突如として縦穴から落ちてきた謎の騎士。
騎士は、全身が闇に覆われていた。
どこまでも暗い漆黒。所々に見える赤色のラインは、まるで生き物の血を吸ったかのように怪しく輝いている。
デザインは西洋の騎士甲冑。まぎれもない人型の何かだった。
しかし、ダンジョン内でそのような存在を、
——モンスター。
それも、ぴたりと動きを止めたミノタウロス以上のオーラをまとった化け物だ。
どうしてあんな化け物が縦穴から降ってきたのか。あんな化け物が上層にいたら、足を踏み入れた冒険者の大半は殺されているだろう。
そうでなくても、彼女はゆっくりと中層まで降りてきた。途中で黒騎士とは出会っていない。
広大なダンジョン内部とはいえ、考えられる答えは……、
「……まさか……人間、なの?」
自分の後からやって来た冒険者、ということになる。
そこまで思考を巡らせると、唐突に黒騎士が声を発した。
魔力の内側から、若い男性の声が聞こえる。
「……これ、どういう状況? もしかして邪魔しちゃった感じかな?」
きょろきょろと黒騎士は周囲を見渡すと、近くに女性がひとりと五体のミノタウロスがいることに気付く。
導き出された答えは、モンスターとの戦闘中にお邪魔しちゃった、というものだった。
「そこの女の人、すみません。どうやら戦闘を妨害したようで。すぐに立ち去るんで許してくださいね」
そう言って黒騎士は、踵を返すと歩き出す。
だが、東雲千は慌てて彼を呼び止める。
「ま、待って! 違うの! たしかにモンスターと戦闘中だけど、私、ピンチなの!」
一生懸命にこの状況を短く説明する。
その間、なぜかミノタウロスは動こうとはしなかった。
まるで黒騎士のオーラに圧倒されているようにも見える。
「ふむふむ……なるほど。たまたま自分ひとりでは処理しきれないミノタウロス五体が現れて、危ないと思っていたところに俺が降ってきたと」
東雲千から端的な説明を聞いた黒騎士は、こくこくと数回ほど頷く。
状況を理解するなり彼は振り返った。十字に切られた兜の内側から、丸い赤色の瞳が東雲千を捉える。
そして、ごくごく平凡な声で彼は言った。
「——なら、そのミノタウロスは俺が倒しましょう。必要なら地上までお送りしますよ」
すたすたと、今度は東雲千のそばに近付く。
当たり前のようにミノタウロスを全滅させると言われると、この状況でも驚かずにはいられなかった。
相手はB級上位のモンスター五体。
トップクラスの実力を誇る冒険者でないかぎり、ソロで相手をするのは危険だ。
てっきり千は、逃げるなり共闘するものだと思っていた。ひとりで倒すなんて発想、だれでも思いつかない。
彼女が握りしめるスマホの端末画面でも、ポコポコと複数人の視聴者たちが否定的なコメントを打っていた。
【おいおい、何者だよあの黒騎士。オーラが尋常じゃないって!】
【でもさすがにミノタウロス五体をひとりで相手するのは無理だろ。早く千ちゃんを連れて逃げてくれええぇ!】
【そもそもあんな冒険者いたっけ? 見た目は強そうに見えるけど、有名なら知らないはずがないし……】
【ってことは無名だろ。なおさらミノタウロスの相手なんて無理無理。早く逃げてお願い】
誰もが、突然あらわれた黒騎士に希望を見い出せないでいた。
東雲千本人だってそうだ。
「き、危険よ! 早く逃げましょう! それか、一緒に戦えばなんとか勝てる可能性だって……!」
「平気ですよ。あれくらいなら雑魚ですし、それに……あなたが一緒だと、まとめて斬っちゃうかもしれないので」
そう言うと黒騎士は、東雲千を無視して前に進んだ。
ミノタウロスたちの間に、不穏な緊張感が漂う。
相手が自分たちと敵対することに気付くと、ようやく彼らもやる気を出す。
野太い唸り声を上げて、筋骨隆々の体を動かした。
地面を揺らすように五体ものミノタウロスが、
ミノタウロスの身体能力は恐ろしく高い。こうなってはもう逃げるという選択肢はなかった。
「だ、ダメ——!」
慌てて千は魔力をまとう。
だが、それより先に彼女は見た。
黒騎士の手元に集まる、どこまでも黒い
「————〝魔剣グラム〟」
黒騎士が呟いた。
直後、黒騎士の手元に集まった大量の闇が、細長い形に姿を変える。
それはまるで剣。不定形な鋭さをあらわすひと振りの剣だった。
闇は切っ先を伸ばし、二メートル、三メートルと攻撃範囲を拡張していく。
ぐんぐん伸びていく剣をほんの一秒ほど見守って、満足したのか、黒騎士はその漆黒を——横に凪いだ。
音がしない。
叫び声も上がらない。
風も起こらないし、衝撃も生まれない。
ただ静かに、黒騎士の握っていた闇が、眼前に迫るすべてを————両断した。
「う、そぉ……」
思わず東雲千の口から感想がこぼれる。
まさにウソ、だ。
ウソのように綺麗に、怒りの形相を浮かべて走っていたミノタウロスの体が、腰のあたりで切断されていた。
鈍い音を立てて上半身と下半身が崩れ落ちる。地面を転がり、夥しいほどの鮮血を撒き散らす。
浮遊するドローンのカメラがその映像を捉え、それを見た視聴者たちもまた、興奮気味に文字で叫ぶ。
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【えええええええええぇぇぇぇえ————!?】
【み、ミノタウロスが……B級でも上位の個体が、あんなあっさりと……?】
【一撃かよ……しかも横に並んだヤツまでまとめて……】
【攻撃範囲えぐぅ】
【よく見たらダンジョンの壁までスパッと切れてる】
【ありえねぇだろ!? 何者だよあの黒騎士!】
【最上位冒険者と予想】
【いままで隠れて修行でもしてたのか? なんにしても千ちゃんが助かってよかった……】
【この動画は間違いなくバズるな。あんなあっさり、それも同時にミノタウロス倒すとか化け物すぎる】
【切り抜き班はすぐ仕事しな。みんなで拡散するぞ! 英雄、黒騎士あらわるって!】
ファンである彼らは、大好きな東雲千がピンチを脱して喜んでいた。
同時に、これまでほとんど見たこともない強力な一撃を見て、誰もが興奮する。確実に最上位冒険者の登場だと。
しかし彼らは知らない。東雲千も知らない。
当の黒騎士が……まだ冒険者になりたての新人だとは。
そうとも知らずに、世界は今日、黒騎士を知る。
やがて世界すら背負うほどの偉大なる存在を。
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