第2話 黒騎士、乱入する
「ハアッ————!!」
光によって編まれた細く鋭い剣が、眼前に迫った巨大な『
大量の鮮血が中空を舞い、逃げるように剣を振るった女性が後ろへ飛んだ。
数度の斬り合いですでに、ミノタウロスの体力は限界に達していた。
甲高い叫び声を上げるなり、二メートルを超える巨体が地面に倒れる。
わずかな振動を感じながらも、ホッと彼女はひと息ついた。
後ろを振り返って、空に浮かぶドローンへ手を振る。
「みんなー! 見てくれた? B級上位のミノタウロスも倒せるようになったよ!」
そう言ってポケットからスマホを取り出す。
ドローンにはカメラが搭載されており、ソロでのダンジョン配信をサポートしてくれる。
映像や配信のコメントなどを手元の携帯でも確認できるため、彼女は液晶画面を見つめた。
次々にコメントが流れていく。
【さすが
【簡単ではなかっただろ。でもすごい。これで高校生ってマジ?】
【千ちゃん大好きいいいぃぃ————!! ずっと応援してるよ!】
【もう大手ギルドも放置できないレベルまで強くなったな。スカウトワンチャン?】
【
【はぁ? これだけ強いならそれくらいの条件別にいいだろ! 勝手に千ちゃんの将来を狭めるな】
【喧嘩しない喧嘩しない。どうするかは千ちゃん次第じゃん】
【てかおまえらの指示とかどうでもよすぎてワロタ】
【俺としては千ちゃんに配信活動してほしいわ~。千ちゃんだけが俺の癒しだよ】
【気持ち悪いおっさん現る】
【俺は女だあああぁぁぁ————!】
【などとネカマが申しております】
【ネカマニキ好きだわ】
【ホモもいますと】
【ていうか、ギルドに所属したら変な男とか寄ってきそうでなんかやだなぁ】
【自称イケメンとかすり寄ってきそう】
【我らが千ちゃんに狼藉を働くとは! 拙者、許さんでござるよ!】
【侍もいるじゃん。でも気が早すぎ】
【とりあえずは千ちゃんのソロ配信を応援しようぜ。まだ潜るでしょたぶん】
【最初からみんなが千ちゃんを応援してるでございるよ!】
【はいはい、ござるござる】
コメント欄の速度は速い。いま人気沸騰中の美少女ダンジョン配信者、
もはや配信者である千が追える速度ではない。
それでもいくつものコメントを見てくすりと笑うと、視聴者たちのためにも彼女は前を向いて言った。
「もちろんまだまだダンジョン攻略は続けるよ! 中層に入ったばかりだしね!」
天真爛漫な笑みを浮かべると、彼女はゆっくりと前方へ歩き出す。
薄暗いダンジョン内を、独り言のように視聴者たちへ話しかけながら進む。
やがて大きな縦穴が見えてきた。
あれはダンジョン内の移動をショートカットできる便利なもの——ではない。
下手すると駆け出し冒険者を殺しかけない危険な罠だ。
より下へ潜りたい冒険者はたまに利用するらしいが、よほど身体能力が高くないと、縦穴から落ちた衝撃でかなりのダメージを受ける。
覚醒者たちはみな強い。
六階建てのマンションから飛び降りようと即死しない。
長らく魔力を肉体に馴染ませた者なら、魔力がなくても骨すら折れない。
そういうバケモノたちでも縦穴は利用しない。
ダンジョンの攻略において、下手すると初手からダメージを受けてスタートするからだ。
それこそ、最前線の『下層』を攻略する大手ギルドのメンバーくらいだろう。
あとは、圧倒的な実力を誇る強者か。
どちらにせよ、上層から中層へ続く縦穴は、東雲千には関係なかった。すでに縦穴が続く限界まで降りているし、ソロなので危険も冒せない。
ちらりと縦穴を一瞥したあと、その横を通り過ぎていく。
だが、数歩歩いてから敵の気配を探知した。
咄嗟に足を止めて腰を屈める。
コメント欄が、敵の出現に気付く。
【次のモンスターか】
【千ちゃん気をつけて!】
【危険になったら拙僧が助けにいくよ!】
【ござるはどうした一般人侍】
どこか和気藹々とした雰囲気を切り裂き、東雲千が睨んでいた前方奥から、複数の——ミノタウロスが姿を見せた。
その数、およそ五体。
東雲千の表情が一気に青くなる。
「み、ミノタウロスが……五体」
あまりにも絶望的な数だ。
いまの東雲千では、一体一体を相手するのが精一杯。
全力で魔力を使えば二体くらいは倒せるだろうが、残りの三体が厄介すぎる。
じりじりと汗を滲ませながら後ろに退いていく。
逆にミノタウロスたちはずんずんと彼女に向かっていった。
目に見えて危険だとわかる状況に、視聴者たちも阿鼻叫喚だ。
【ミノタウロスが一度に五体!? や、やばすぎる!】
【逃げて千ちゃん! 縦穴から脱出するんだ!】
【とにかく上に逃げて! 少しでも地上に近付けば他の冒険者がいるから!】
【馬鹿! それをしたら擦りつけになるだろ! 冒険者としてのルール違反だ!】
【でも、このままじゃ千ちゃんが……】
【だ、大丈夫。千ちゃんの成長速度なら、ミノタウロス五体くらい……】
【中堅冒険者が敵う数じゃないだろ! いい加減にしろ!】
【じゃあ諦めて死ねって彼女に言うのかよ!? そっちのほうが残酷だろ!】
【どの道、視聴者でしかない俺たちには、彼女を見守ることしかできない……くそっ!】
誰もが容易に想像してしまった。大人気美少女配信者、東雲千の最期を。
当の本人とて、腰に下げた鞘から剣を引き抜く余裕がないほど焦っていた。
どう考えても負ける、殺される未来しか浮かばない。
「嫌……嫌ッ! こんな所で死ぬなんて……!」
剣を抜いた。
覚悟を決める。
意地汚くなって戦う。全員殺して必ず地上に戻るんだ。
鋭く目を細めて、薄く、強固に白魔法を全身に巡らせた。
白魔法による強化にて、極限まで身体能力を底上げし、彼女は地面を蹴————。
——る直前。
すぐそばで凄まじい轟音が響いた。
地面を砕き、砂煙を巻き上げてなにかが縦穴から落ちてきたのだ。
ミノタウロスも臨戦態勢だった東雲千すらも、落ちてきた何かに視線を向ける。
砂煙の奥、パッパッと煙を払いながら出てきたのは……見に覚えのない、フルプレートの漆黒の騎士だった。
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