第24話 黒騎士、ビビる

「紅……轟もその辺にしておきなさい」


 僕の腕を引っ張る二人の美女に、一番奥の席に座っていた剣会長が鶴の一声をかける。


 そこでようやく二人の拘束が解けた。


「……チッ。爺に感謝するのね。そうでなきゃ今ごろ灰にしてるわ」


「あらあら~? 剣さんに感謝するのはあなたのほうでしょう? 全身痺れて涎を撒き散らすなんて醜態晒さずに済んだものねぇ?」


「あ?」


「なによ」


 バチバチと二人の間に火花が散る。


 その様子を見た僕と剣会長は同時にため息をついた。


 もしかして僕は入るギルドを間違えたのだろうか? 本気でそんな考えが脳裏を過ぎる。


 そんな時。これまで黙っていたもうひとりの女性が口を開いた。


「ふふふ。紅さんと轟さんが揃うと会議が賑やかになりますね。わたくしはこの雰囲気が好きですよ」


 清楚な雰囲気の女性だ。なぜか巫女服? のようなものを着ている。


「あの人は……」


 この場に集まった人たちは、僕を除いて全員が特級冒険者のはず。


 そうなると、三人の女性のうち残るひとりは——僕が知るかぎり、ギルド〝世界樹〟のギルドマスターだけだ。


 名前は花之宮はなのみや春姫はるひめ


 世界中を見ても珍しい二つの魔力適性を持った女性だ。


 普通、人はひとつしか魔力適性を持っていない。しかし彼女の場合は黄魔法と白魔法を同じくらいの練度で扱うことができる。


 特に広域の防御とサポート、それに回復は日本の冒険者の中でもトップクラスだ。


 付いた二つ名が〝女神〟。


 なるほどそれに相応しい美しさと清楚さだ。




「ちょっと庵! なに春姫に鼻の下伸ばしてるのよ!」


 がしっと紅さんに肩を組まれる。


「伸ばしてませんよ……初めて見る人だから気になっただけです」


「ふふ。わたくしに興味がありますか? わたくしもあなたに興味がありますよ」


「え?」


 ドキッとした。


「ゲートの件は聞いています。たくさんの人を守る救護の精神……ええ、とても尊敬いたします。ぜひ我がギルドにお越しください。最大限のおもてなしをさせていただきます」


「あ、ありがとうございます……」


「なに喜んでるのよ! 庵は天照所属の冒険者でしょうが!」


「ぐ、ぐえっ……!」


 くるちい。


 紅さんの腕が僕の首を締めつける。


 柔らかい感触もあるがそれ以上に苦しみが勝る。


 ヤバいと思って彼女の腕をタップしてると、それを見かねた剣さんが全員に告げる。


「お遊びもそれくらいにしたまえ。全員集まったのだからそろそろ会議を始めよう。みな忙しいだろうからね」


「そうですねぇ。俺は彼女たちを外に待たせているので」


 天上さんも剣さんの意見に賛成する。


 でも彼女? もしかして複数人と交際してるとかそういうオチじゃないだろうな?


 少し話しただけでも天上さんが女っ誑しなのはわかるが、いくらなんでも……。


「はいはい。爺がうるさいから席に着くわよ庵。続きはまた後でね」


「えぇ……」


 また後で詰められるの僕?


「あらあら可哀想に。神楽が嫌になったらいつでもウチに来てね黒騎士くん」


「ふふふ。わたくしも歓迎しますわ」


「紫音! 春姫ぇ!」


 最後に紅さんが怒りを爆発させる。


 もう一度剣さんからの注意を受けて、ようやくボス攻略戦の話が行われた。




 ▼△▼




「では、閻魔殿のボスの話に入ろう。と言っても、過去に情報はすべて出尽くしてある。会議を開いておいてなんだが、特に話すべきことはないな」


 秘書の女性が資料を配り終えると、剣さんがいきなり身も蓋もないことを言った。


「そうね……二十メートル近いドラゴンなんて初めて戦うけどまあ余裕でしょ」


「空を飛ぶトカゲは私の雷で見事撃ち落してあげますわ」


「ぷぷっ。相手も雷使うのにどうやって落とすのよ。たぶん効かないと思うわよ? お荷物の紫音ちゃん」


「神楽! あなたねぇ!」


 数分前に剣さんに注意されたばかりだというのにもう二人が喧嘩を始めた。


 だが、たしかに紅さんの言うとおり、相手のドラゴンは雷を使うらしい。


 前回、剣さんはその雷に妨害されてやむなく撤退したようだ。今回はそれをどうやって攻略するかが鍵になる。


「遠距離攻撃ができる轟の魔法は貴重な戦力だ。麻痺は期待できないが、ダメージくらいは入るだろう。それにメインは紅が担当すればいい」


「でも爺も遠距離攻撃できるじゃん。爺はなんで戦闘に参加しないの」


「万が一のことを考えてこの場に留まると前に言っただろ。治安が悪いのは閻魔殿だけではない」


「そうだけど……一番の射程持ちがいないのはめんどくさいわ」


「なに、その分は君の新しい部下に頑張ってもらうさ。動画を見たが、彼もずいぶんと攻撃範囲が広い。その刃はドラゴンにも届くだろう」


「あ、た、し、の部下ね。爺の尻拭いなんざ絶対やらせない。そんなことさせるくらいならあたしが燃やしてあげる」


 ぎらぎらと光る瞳で紅さんが剣さんを睨む。彼女は自分のものや身内に手を出されるのが嫌いみたいだ。敵対心がすごい。


「そうかね。なら期待しておこう」


「俺と花之宮ちゃんはサポートかな。一緒に頑張ろうね。どうかな? このあと一緒にデートでも」


 天上さんが話しの〆に気軽にナンパを始める。


 しかし、


「先ほど用事があると言ってましたよね?」


「なに花之宮ちゃん以上に大事な予定なんてないよ」


「ふふ。ありがとうございます。ですがわたくしはあなたに興味ないのでお断りしますね」


「……それは残念。また誘うとしよう」


 あっさりと花之宮さんに振られた。意外に辛らつでビビる。


 そして気にも留めない天上さんもまた恐ろしい。




 ……特級冒険者って、剣さん以外結構尖ってるなぁ……。


 みんなの話を聞きながらふとそう思った。

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