第23話 黒騎士、巻き込まれる

 紅さんに半ば無理やり車に押し込められる。


 走り出した先は冒険者ギルド。


 紅さんによるとそこで今日S級ゲートのボス攻略会議が行われるらしい。


 ボス攻略に参加する紅さんはもちろん、サポート要員として僕もその会議に参加しないといけない。


 およそ二十分ほどで冒険者ギルドに到着する。


「さあ行くわよ庵。相手はあたしと同じ特級冒険者だけど舐められないようにね。特に夜会のギルドマスターには注意しなさい。あの女狐……あたしを目の仇にしてるから」


「は、はぁ……」


 夜会のギルドマスターというと、と呼ばれる女性だった気がする。


 なぜ紅さんが彼女と険悪の仲なのかは知らないが、これから特級冒険者に会うと思うとさすがに緊張した。


 紅さんの背中を追って冒険者ギルドに入る。


 受付で話を通して最上階へと向かう。


 警備員に二人分の冒険者ライセンスを見せて部屋の中に入った。


 するとすでに、部屋の一角には何人かの男女がいる。入室した紅さんに気付くとひとりの男性が気さくに手を振った。




「あ! 久しぶり紅ちゃん。元気してた? 俺はすごく会いたかったよ君に」


「げっ……天上」


 明らかに嫌そうな声を出す紅さんの視線の先には、金髪碧眼の青年が席に座っていた。


 あの外見と紅さんがこぼした名前……そこから目の前の男性が何者か導き出される。


天上てんじょう……ひかる


 ギルド『円卓』のギルドマスターにして、日本に五人しかいない特級冒険者のひとり。


 高い青魔法への適性を持ち、その戦闘スタイルは謎に包まれているとかなんとか。


 厳密には秘密にされているわけではないが、天上輝の戦い方を見た者はだれもがこう言う。


『なにも解らなかった』


 と。そこから付けられた二つ名が〝夢幻〟。


 まるで幻のように現実と虚構が交じり合うらしい。


「……うん? あれあれ? 紅さんの隣にいる少年は誰かな? どこかで見覚えがあるような……」


「いま話題の黒騎士よ。あたしの部下なの」


「黒騎士? はて……その名前どこかで……」


 うんうんと天上さんが頭を捻る。


 しばらくして答えに行き着く。


「——ああ! 例のミノタウロスを瞬殺してゲートを攻略した子か! へぇ……そう言えば前にツイートしてたね。所属したって」


「あなた、相変わらず女性以外の覚えが悪いわね。庵に悪影響が出るから黙っててくれないかしら?」


「酷いっ! でも辛辣な紅さんも素敵だ」


 天上さんは大袈裟なポーズを決める。


 それを見た途端に紅さんのテンションが下がる。


 しかし、それもすぐに怒りの感情に染まった。


 背後で扉が開く。


 僕たちの次に誰かがやってきたらしい。


 ちらりと振り返ると、


「……あら奇遇ね、神楽」


 入ってきたのは紫色のローブを着た女性だった。ローブの下は薄着でやや目のやり場に困る。ローブの前はもっと閉じていてほしい……。


「紫音……!」


 隣から紅さんの低い声が聞こえた。


 恐ろしく嫌な予感がする。


「も、もしかして……紫音さんって……」


「ええ……ギルド夜会のギルドマスター、とどろき紫音しおんよ」


 や、やっぱりか……彼女が紅さんと仲が悪い女性冒険者にして、特級冒険者の魔女。


 たしか広範囲高火力の雷を操る遠距離攻撃型の魔法使いだ。


 威力こそ紅さんに軍配は上がるが、多様性と相手の能力を下げるデバフまで付いたかなり厄介な魔法を使うと聞いている。


「君は初めましてね。噂くらいは聞いてるわ黒騎士くん。君の魔法はウチでこそ栄えると思うの。よかったら私の専属にならない? 仲良くしましょう?」


 がしっ。


 轟さんに腕を掴まれる。大きな胸のあいだに腕が埋まった。


 おぱぱぱぱぱ!?


 思考が乱れる。冷静じゃいられない。


「紫音! その手を離しなさい! 庵はあたしの部下よ!」


 紅さんが鬼のような形相で睨む。


 対抗するかのように空いてるもう片方の僕の腕を掴むと、それを自分のほうへ引き寄せた。


 ぽよんよ。


 そっちの腕にも紅さんの胸が当たる。


 ぎゃあああああああ!!


 天国すぎて逆にヘル!


 自分でもわかるくらいに顔が真っ赤になる。


「あははは。羨ましいねぇ。二人とも俺のことを抱きしめてもいいんだよ? 両方幸せにしてあげるからさ」


 後ろでは天上さんが能天気なことを言っている。


 それに対する二人の返答は、


「黙りなさい。このすけこまし。あんたは顔だけのクソ野郎じゃない。私に話しかけてくるなカス」


「さっき黙ってろって言ったよねぇ? いい加減にしないと燃やすぞゴミ」


 最初に轟さんが、次に紅さんが辛辣な言葉と虫けらを見るような目を天上さんに飛ばす。


「あっはははは! 元気だねぇ二人とも」


 だが天上さんは二人の暴言を受け流す。


 まるで太陽のように明るく笑っていた。




 ……すごいなあの人。僕だったらとても耐えられない。というか早く腕を離してほしい……。


 二人の美女に挟まれる展開はおよそ十分も続いた。


———————————————————————

あとがき。


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