第35話 黒騎士、謝られる

 火口をボコって数日。


 俺は特に報復をされることなく平和な日々を過ごした。


 現代には魔法という奇跡がある。たとえ全身の骨がぐちゃぐちゃにされようと、生きてさえいればすぐに魔法で治せる。


 だから火口がすぐに報復に来るかと踏んでいたが……何もなかった。


 火口のヒの字もない。


 代わりに、意外——でもない人物から電話がかかってくる。


 スマホの液晶画面には、〝紅神楽〟の文字が表意されていた。


 俺はおそるおそる通話ボタンを押す。


「は……はい、もしもし」


「庵? 紅だけど、ちょっと時間をもらっていいかしら」


「と言うと……ギルドホームに来てほしいとかそういう話ですか?」


「ええ。もう学校も終わってるんでしょ? 何も用事がなかったらお願いしてもいいかしら」


「……解りました。これから向かいます」


 通話終了。


 なんだか不自然なほど紅さんは落ち着いていた。


 てっきり火口の件でドヤされるのかと思っていたが、特にお咎めはない。


 ……いや、待てよ?


 わざわざ俺のことをギルドホームに呼んだってことは……直接俺を怒るため?


 俺なら面倒だから電話で済ませるが、彼女の場合はそうではないらしい。


 急に不安になってきた。


 だが、すでに行くと言ってしまった手前、今さら断るわけにもいかない。


 ものすごく気分はブルーになったが、しょうがないので紅さんの下へ向かった。


 今日は厄日かもしれない。




 ▼△▼




 電車を使ってギルドホームがある最寄り駅に降りる。


 自宅からそこまで距離は離れていないので気軽に来れた。


 あとは真っ直ぐギルドホームに向かい、エントランスを通って受付で手続きを済ませる。


 すぐに最上階へ案内され、紅さんの個室と思われる部屋に入った。


 扉を開けると、奥のソファに彼女の姿が。入ってきた俺の姿を視界に捉える。


「こんばんは、庵。ご足労痛み入るわ。ごめんなさいね、こんな所まで呼び出して」


「い……いえ。俺になんの用ですか、ギルドマスター」


 促されたので彼女の対面の席に座る。


 紅さんはフッと笑みを刻んだ。


「呼び出された理由……誰よりもあなたが一番よく知ってるでしょ?」


「ッ……その口ぶりだと、俺と火口さんの件はご存知で」


 やっぱりその件だったか。


「まあね。火口が天照所有のビルを借りてるから、何に使ったのか問い詰めたの。自主訓練とか抜かしてたけど、怪我を負って治癒魔法に頼ったのは知ってた。アイツ、経費として落としてたからね、治療費」


「えぇ……」


 それはあまりにも大胆すぎる。というか馬鹿だろもう。


「それに、地下施設だって監視カメラくらいあるわ。あの男は、あたしが録画された映像を見ないと高を括っていたんでしょうけど、あまりにも怪しいから確認したの。そしたらびっくり」


 にやりと紅さんが笑う。


 俺は視線を横に逸らした。なんだか気まずい。


「あの火口をボコボコにしてる黒い騎士が映っていたのよ。ものすごく、見覚えのある、黒い騎士がね?」


「…………どう考えても俺ですね解ります」


 降参と言わんばかりに両手を上げた。


 すると紅さんは首を横に振る。


「別に庵を責めるために呼んだわけじゃないわ」


「え?」


 違うの?


「どうせあれは、火口が嫉妬でもして襲いかかってきたんでしょ? これまでの言動を見れば容易に想像できるわ。火口も黙秘してるし、映像でも火口から攻撃してる」


 やれやれ、と彼女はこめかみに触れる。まるで頭痛でも感じているかのようだった。


「だから安心しなさい。あたしは庵を怒るために呼び出したんじゃない。むしろその逆よ」


「逆?」


「謝りたいの。あたしの部下がふざけた真似をしたって。ごめんなさい」


 紅さんはあまりにもあっさりと頭を下げた。


 それは軽々しいという意味ではない。しっかりと誠意が込められていた。


 まさかギルドのトップにして日本に数人しかいないとされるS級冒険者に謝られるなんて……こんなこと言ったら彼女に失礼だが、紅さんはこう……プライドの高い人だと思っていた。人には絶対頭は下げない、みたいな。


 しかし現実は違った。彼女は自分の責任だとプライドを捨て去って頭を下げた。


 驚きのあまり固まってしまう。そのあいだに紅さんは頭をあげた。


「庵には慰謝料代わりのお金を出すわ。それと火口はまたあたしがボコボコにしておいたから。治療も中途半端に治してそれっきり。ギルドの一角に拘束してあるし、次のS級ゲート攻略戦にも参加させない。給料も半年は減俸」


「S級ゲートの攻略戦にも? そ……それって大丈夫なんですか?」


 戦力的に考えて、減らすのはデメリットしかないはずだ。


「いいのよ別に。すでに過剰戦力ではあるし、アイツがもしまた庵になんかちょっかいでもかけたら、攻略そのものが破綻する可能性もある。そんな不安は抱えられない」


「なる、ほど……」


 もしもを考えて彼女は幹部クラスの火口を外すと言った。


 もう結論を変える気はないのか、頑なな意思の強さを感じた。俺がなにかを言えるはずもない。


 その後は、ひとしきり謝罪を受け取って解散の流れになる。


 お金は俺の口座に振り込まれるらしい。遠慮したのに無理やり押し付けられた。




————————————

あとがき。


※反面教師教師からのお知らせ!

明日、一応近況ノートに書きますが、

作者の新作を出します!初日は2話投稿!

ジャンルは異世界ファンタジーとなります!

どうか見ていただけると嬉しいです!

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