第36話 黒騎士、張り切る

 天照を作った日本最強の冒険者がひとり、紅神楽は、俺と火口の件を知っていた。


 彼女は火口の暴走を謝罪し、これから行われるS級ゲート攻略戦のメンバーからも外した。


 幹部という地位を考えるとかなりの醜態だ。


 S級ゲートの攻略戦には他のギルドも参加する。必然的に不祥事を起こした火口の話は、他のギルドのギルドマスターにも伝わった。


 俺は被害者であって同情する必要はないが、少しだけ火口が可哀想だと思った。


 もちろん、だからと言って火口の情状酌量など願わない。アイツがしたことはそれだけ許されない行いだった。


 一応、俺と紅さんに(というか紅さんに)半殺しにされたので、幹部から降格されることはなかった。イエローカードではあるが。




 そんな報告を聞いてさらに数日。


 休日に入ったことで学業は休み。俺は制服ではなく私服に袖を通して外に出る。


 今日は前々から計画されていたS級ゲート攻略の日だ。


 集合場所までは電車で行く。そこから他のメンバーとも合流して、車で現地に参上だ。


「さすがに……少しだけドキドキするな」


 これが緊張という感情。


 無理もない。


 俺は多くの犠牲者を生んだ最悪最凶のゲートを攻略しに行くのだ。それも、そこそこ重要な役割を背負って。


 今までこんな事はなかったから、少しだけ心臓が早鐘を打つ。


 目まぐるしく変わる景色を眺めながら、ぐんぐんと電車は走る。


 周りで楽しそうに談笑する一般人を見ると、自分がどこか遠くに行ってしまったかのような錯覚を抱いた。


 首を横に振って嫌な考えを追い出す。


 集中しろ。俺は、みんなで千葉県を取り返すんだ。




 ▼△▼




 しばらく電車に揺られると、東京都と千葉県の境目近くにある駅に到着した。


 他の一般人たちと共に電車を降りると、ホームを出て外に向かう。


 駅周辺には、すでに何人もの冒険者たちがいた。武装している集団が一角を占めているため、周りからの視線がすごい。


 その中のひとり、朱色の髪の女性が俺に気付いた。手を振る。


「あ、おはよう庵。結構早いじゃない」


「おはようございます紅さん。遅刻しなくてよかったです」


「あはは。大丈夫よ。遅刻したらあたしが直接乗り込むから。あんたの家に」


「……遅刻しなくてよかった」


 彼女のことだから、扉とか無理やり破壊して押し入ってきそう。容易にその姿が想像できた。


「それにしても、他の人たちも早いですね。まだ出発まで時間があるのに」


 周りを見渡すと、そこにはかなりの数の冒険者がいる。十人や二十人ではない。


 事前に千葉県の近くで、専用車に乗って現地へ向かうことは知らされていた。いまの千葉県には停まれる駅がないしそれもしょうがない。


 だが、それにしたって人が多いな。俺も結構早く来たと思ったのに、百人単位ですでに集まっていた。


 みんな気合が入っている。


「まあ、今回は初めてのS級ゲートって話だからね。テレビやネットでも告知したし、絶対に負けられない戦いなのよ。だから気合が余計に入ってる」


「気持ちはよく解ります。俺も少しだけ緊張してますし」


「へぇ。庵も緊張とかするんだ。ウケる」


「ウケないでください。俺はまだ高校生ですよ」


「あー……そういやそうだったわね。落ち着いてるし、高校生にしては強いからすっかり忘れてたわ」


「忘れないでくださいよ……」


「いいのいいの。年齢なんて関係ないわ。冒険者は強さこそが一番! そういう意味じゃ、あんたはとっくに子供の域を超えている。期待してるわよ~、庵」


 緊張してるっていうのにプレッシャーかけてきたぞこの人。


 にやりと笑ってるあたり、確信犯なのがわかる。


 俺は盛大にため息をついて言った。


「ほどほどに頑張ります」


「なぁに弱気になってんのよ!」


「いっ——!?」


 バチン、と背中を叩かれた。


 無防備な状況だったのでかなりの痛みが走る。


「あんたは天照ウチのホープで幹部なのよ? 他のギルドの奴らに負けないつもりで挑みなさい!」


「競争してましたっけ、今日。してませんよね?」


 なんであんたはそんなに好戦的なんだ……。


 髪色といい、適性魔法といい……紅さんは炎ように熱い人だった。


「してようがしてまいが関係ないわ! 冒険者は結果が求められるのよ! 誰よりも活躍してあたしたちの名前を世界に刻むわよ!」


「は~い」


 適当に返事する。


 バチ————ン!


 また叩かれた。


 ぎゃあああああ!!


「手を抜いたら灰にするから頑張りなさいよ? いいわね?」


「い……イエッサー」


 俺は権力と上下関係に負けた。綺麗な敬礼を見せ、素直に頑張ることを誓います。


 移動開始まで紅さんとのんびり話をした。


 そして、三十分も立つ頃には攻略戦に参加するギルドのメンバーが、誰ひとり欠けることなく集まった。


 全員が大きなバスに乗って順次移動を始める。


 あとは現地に着くなり、千葉県を覆う形で広がっていき、徐々に生息するモンスターを潰しながらゲートを目指す。


 より一層、その場にいた冒険者たちの気配が張り詰めていく。


 俺は逆に、紅さんと話したことで落ち着きを取り戻した。


 攻略戦に向けて集中する。

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