第34話 黒騎士、普通にボコる
火口の全力による攻撃は、俺の深淵の帳を貫くことはなかった。
周囲の酸素を奪い、自らの命すら危うくしておいて、まだ火口のやる気は止まらない。
俺が魔剣グラムで火口の魔法を消し去ったから叫べるというのに、そのことに感謝する素振りすら見せなかった。
むしろさらに、怒りのボルテージは増していく。
見ているだけでもキツかった。そろそろこの虚しい戦いに終止符を打つとしよう。
そう思って俺は動き出す。
まだ一歩たりとも動いていなかった。もはや戦いにすらなっていない。
それに火口が気付けていれば、悲惨な目に遭うこともなかっただろう……。
だが、もう遅い。
俺は前に足を踏み出す。火口が魔法で攻撃してくるが、すべて鎧に防がれて消える。
また一歩、火口に近付いた。
火口の魔力がさらに放出される。
しかし、何度攻撃しても俺の体に傷ひとつ付かない。
ゆっくりと、確実に、火口とのあいだにある距離を詰める。
徐々に火口の表情に不安や恐怖といった感情が表れた。
「な……なぜなんだ!? なぜ、俺の攻撃が効かない!」
「お前が俺より弱いから」
バッサリと火口の疑問を斬り捨てる。
「ふざけるな! 俺は……俺は天照の幹部だぞ!?」
「生憎と俺も幹部なんだ」
「俺は認めない! お前みたいな奴は……絶対に認めないぞ!!」
ぼんぼんぼんぼん、火口の手から炎が放たれる。
眩しい以外の感想はなかった。俺は構わず進む。
次第に火口との距離が数メートルまで縮む。もはや距離が近すぎて火口は魔法を撃てない。魔法を撃てば自分自身も焼きかねない状況だから。
「お前が認めなくても俺は幹部だ。そして、お前は俺より弱い」
とうとう火口の目の前までやってくる。
明確に火口の顔に恐怖が滲んだ。本能が屈したのが判る。
「お、俺は……俺は……!!」
最後に、火口の魔力が腕に集束する。拳を握り締め、近距離でも使える攻撃を繰り出した。
当然、俺の鎧にそんなちゃちな攻撃が通るはずもない。音も殺して炎が消滅する。
火口の手は無事だ。そういう風に調整してある。これ、意外と難しいんだよなぁ……。
「く、そぉ……!」
完全に火口は敗北した。最後の攻撃も無意味に終わる。
それどころか、近接攻撃したことで俺の深淵の帳の自動迎撃が行われた。
闇色の魔力が火口の拳にまとわり付き、複数の
一気に火口の顔色が悪くなった。それは恐怖でも不安でもなく、ただ体調の悪化を示している。
「こ……これは!?」
「俺の魔法の効果だよ。不用意に近付いて攻撃すると、いくつかの弱体化を与えるんだ。苦しいか? 苦しいだろうな……生命力を削られている状態だろうから」
簡単に説明すると、いまの火口には『筋力の低下』『耐久力の低下』『敏捷の低下』『視力低下』『五感の劣化』『生命力低下(最大HPの低下)』が与えられている。
もともと黒魔法の最大の特性が、対象への弱体化だ。やろうと思えば他にもデバフを付けられる。
だが、あまりやりすぎると手加減しても火口を殺しかねない。だから程々に抑えておく。
その上で俺は、拳を握りしめて火口の前に突き出した。
「それじゃあ、説明も終わったし殴るよ? 覚悟はいいよね?」
「ま……待て! 待ってくれ!」
絶望的な状況を察して、火口が一歩後ろに下がる。
両手を突き出して首を左右に振っていた。俺の話を聞いてくれってか?
一応、俺は手を止めたまま火口の台詞を待つ。
すると火口は、頭を地面にこすり付ける勢いで土下座した。
「お、俺が……俺が悪かった! 許してくれ! 新人が幹部に抜擢されたことに嫉妬して、くだらない真似をした! もうしない! 約束する! だから……!」
必死の懇願だった。
火口は自分が助かりたいがために、プライドすらも投げ捨てて頭を下げている。
先ほどまでの威勢はどうしたのだと言いたくなった。
しかし、俺には効果的な謝罪だ。
あれほど鬱陶しいと思っていた男も、すべてを投げ打って謝る姿には感動する。
これで手打ちにしてやってもいいかな、と思うくらいにはスッキリした。
「……しょうがないな」
やれやれ、と肩を竦めて深淵の帳を解除した。
闇色の魔力が俺の体から離れる。
——その直後、
「——なぁんてな! 隙ありだ馬鹿が!!」
火口ががばっと起き上がって攻撃を仕掛けてきた。
手には赤色の魔力が宿り、拳を握りしめて攻撃する。
「解ってたよ」
目前に迫った火口。
しかし、火口の体は、俺に蹴り飛ばされてはるか後方に吹き飛ぶ。
壁に激突して地面に落下した。
「ぐがあっ!?」
血を吐いてみっともなく地面を転がる。
無様な姿だった。
「お前ならきっと、俺の魔法が解除されたタイミングを狙ってくるだろうなと思っていた。だから、わざと魔法を解除したんだ」
予想通りの展開すぎて逆にびっくりした。コイツは単純すぎる。
「これに懲りたら虐めなんてやめることだな。次は……本当にぶち殺すぞ?」
もはや返事をする体力も火口には残っていない。
それを確認したのち、俺は来た道を戻って地上に出る。
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