第33話 黒騎士、呆れる

 火口に無理やり連行され、天照所有のビルの地下にやってきた。


 そこは覚醒者が暴れても問題ない設計で作られたらしい。


 それが意味するのは、ここでなら思う存分俺を痛めつけてやれる、——という火口からのメッセージだった。


 周りを囲んでいた男たちに攻撃するよう指示を出し、突発的な戦闘が始まる。


 男たちの攻撃を咄嗟に【深淵の帳】で防御する。俗にいうだ。


 これは周りにいた男たちを警戒して発動したものじゃない。


 俺が警戒しているのはたった一人。


 ギルド天照でも最上位の実力を持つ幹部・火口を警戒していた。


 やることがセコい上、性格はひん曲がっているが、その実力に疑いはない。


 あの紅さんが幹部に昇格させたくらいだ、きっと強いのだろう。


 その証拠に、俺の黒騎士モードを見た火口は、大量の魔力を炎に変換してみせた。


 俺は深淵の帳をまとっているので熱さは感じないが、周りの男たちは口々に「熱ッ!」と叫んでいた。おそらく、火口の魔力は現在、相当な高温に達してると思われる。


 奇襲が失敗した男たちは、味方であるはずの火口の魔力にビビって逃げ出した。


 遠く離れた入り口まで避難する。


「ふんっ。さすがにアイツら程度の奇襲じゃあ傷ひとつ付けられねぇか」


「どうする? 降参するか?」


「なわけねぇだろ。アイツらはただの前座だ。最初からお前をぶちのめすのは俺って決まってるんだよ!」


 叫び、さらに火口の魔力が増す。


 魔力総量はかなりのものだ。放出し、変換した炎を操る。


 炎が竜の形に変わった。


「————【竜の牙ドラゴンファング】!」


 竜の顔がこちらに迫る。


 形こそ派手だが、やってることは炎を球体状に飛ばしているのと何ら変わらない。


 しいて言うなら、球体よりカッコイイといったところか。


 馬鹿正直に正面から放たれた火口の攻撃を、右手に漆黒の盾を持って受け止める。


 この盾は俺の魔力が作り上げた装備だ。深淵の帳の一部と言えるため、衝撃吸収などの効果をこの盾も持っている。


 魔力の量から見て、わざわざ盾など構えなくてもダメージは受けないだろうが、一応、何かしらの弱体化や状態異常に注意して防御した。


 俺の予想通り、火口の魔力が俺の盾を貫通することはない。熱も衝撃もすべてを吸収して無効化する。


「見た目に全振りしたハリボテだな。こんなもんか? 幹部の力っていうのは」


 あえて火口を煽ってみる。


 火口はギルドの幹部の席に誇りを持っていた。そこを揺さぶる。


 すると、あまりにもあっけなく奴は乗ってきた。


「あ、明墨ぃ! 調子に乗るなよ、クソガキがああああ!」


 さらに火口の魔力が跳ねた。


 圧は感じる。なるほど大したものだ。


 しかし、魔力の使い方が悪い。効率が悪い。あれじゃあガソリンを漏らしながら車で走行しているようなものだ。


 いずれガス欠を起こす。


 自分の魔力総量を過信しているのか、怒りで我を失っているのか。


 どちらにせよ、勝敗は早々につきそうだった。


「————【竜の息吹ドラゴンブレス】!」


 火口が今度は赤魔法を全力で放つ。先ほどとは違い、わざわざ竜の形に変えたりはしなかった。


 正真正銘、シンプルに魔力を炎に変換して放つだけ。


 シンプルがゆえに凄まじい威力を発揮する。


 だが、


「……茶番だな」


 火口の全力攻撃を受ける。今度は盾すら消し去って鎧で受けた。


 ダメージはない。熱さもなにも感じない。


 炎が酸素を奪い、呼吸はできないけれど、それは広範囲攻撃をした火口も同じ。


 特にこんな狭い地下で広範囲の赤魔法をかますなど……愚者の行いとしか思えなかった。


 自らの首すら締めあげている。


「————【魔剣グラム】」


 黒魔法を凝縮した漆黒の剣を薙ぐ。


 範囲を調整して火口には当たらないようにした。


 その結果、周りを覆っていた炎がごっそりと消滅した。


 魔剣グラムにはあらゆる万物を吸収・分解する効果がある。前に中層でミノタウロスを切り裂き、その次に巨大ゴーレムを両断した力の正体だ。


 それだけに、人間に使えばよほど防御能力が高くないと悲惨なことになる。


 今回は火口の魔法を消し去るために使った。


 真っ赤に染まった地下の訓練場が、本来の色を取り戻す。


「危うく俺と心中するところだったな、火口先輩」


 コイツは筋金入りの馬鹿だ。怒りの感情くらい、最低限はコントロールしろと言いたい。


 俺はダメージゼロで逃げ出すこともできた。そうなると、取り残された火口が勝手に死ぬ可能性もあったのだ。


 言わば俺は火口の恩人である。


 そのことを遠まわしに伝えると、火口は大粒の汗を浮かべながら鬼のような形相でこちらを睨んだ。


 自分のミスなど気にした様子もなく叫ぶ。


「うるせぇ! 元はと言えばお前のせいだろうが! 俺はお前を殺したい! だから燃やす!」


「それで自分が死んだら元も子もないだろ……馬鹿が」


 やれやれと首を左右に振って、一歩、また一歩と火口のほうへ歩み寄る。


 そろそろ面倒だから痛い目に遭ってもらおうか。

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