第32話 黒騎士、虐められる
校門を出たら近くに火口がいた。
どうやら俺に用があるらしい。周りを屈強な男たちで固めた火口は、こちらを見下すような笑みを貼り付けて言った。
「お前を待ってたんだよ。ちょっと俺と話をしようぜ?」
「話……ですか」
嫌な予感がした。
俺のことを目の仇にしてる火口からの用件など、なんとなく想像できる。
恐らく俺に対して文句を言うか、暴力に訴えて忠告するか。
そのどちらかだと思われる。
普通なら火口の誘いに乗る必要はない。さっさと自宅に帰るべきだが……問題は、火口がひとりではないこと。
如何にも「実力行使しますよ~」という顔の男が数名そばにいる。
俺を見てニヤニヤ笑ってるあたり、まず間違いなく火口の仲間だろう。ガラは悪いが見たとこコイツらも覚醒者か。
校門の近くで暴れるほど馬鹿ではないと思いたいが、万が一、自宅を特定されたら面倒だな……すでにバレている可能性も含めて、ここは穏便に対処するべきだと本能が訴える。
——あくまで表面上は。
火口は俺の実力を疑っている。もしくは俺の実力を低く見ている。
であれば打開する方法はいくらでもあった。武力行使じゃない場合も想定して、俺は大人しく火口の要求を呑む。
「……解りました。どこにでも行きますよ、先輩」
わざとらしく笑みを浮かべて、歩き出した火口の背中を追いかける。
ちなみに火口の周りにいた男たちは、今度は俺の周りを囲み始める。
別にそんなことしなくても逃げないよ。追いかけられても困るし。
目的地も告げられないまま、俺は歩き続けた。
▼△▼
しばらく歩いて電車に乗る。
電車に乗っている最中も屈強な男たちに囲まれ続けた。
正直、おっさんたちに囲まれる窮屈さより、周りからの視線のほうが痛い。
だが、火口に何か文句を言ったところで聞き入れてもらえるとは思えない。目的地まで我慢することにした。
そして三十分ほど。
火口が足を止めたのは、普段、俺が訪れない区の一角。四階建てのビルの前だった。
「ここが目的地ですか?」
「そうだ。このビルには地下があってな。そこでちょいと体を動かそうぜ? 明墨ぃ」
「地下……?」
なんでそんな事を火口は知ってるんだ?
何より、やっぱり俺をここに連れてきた目的は、みんなで囲んで袋叩きにするためだったのか。
俺は暴力を振るうのはそんなに好きじゃない。一刻も早く逃げたいところだが……おっさんたちが邪魔で逃げられない。
そのまま半ば無理やりビルの中に連行される。
火口が言ったとおり、ビルには地下へ続く階段があった。階段を下りると、無駄に広い空間が視界に映る。
ほとんど何もない空間。まるで学校のグラウンドを連想させる簡素さだ。
「へへへ、びっくりしたか? ここは天照所有のビルでな。地下には覚醒者が暴れられる訓練場が作られているんだ。ここなら思う存分戦えるぜ?」
「天照所有のビル……許可は取ったんですか?」
「当たり前だろ。幹部の俺が一言添えれば簡単よ。だから助けを期待しても無意味だ。ここには今日、俺らしか人は来ない」
「なるほどなるほど」
ずいぶんと手の込んだ虐めをする人だな。ここまでしなくてもいいと思う。
俺は火口のことが好きじゃないが、それは向こうも同じ。
お互いに嫌いなら不干渉が一番だろうに、なぜかコイツは無駄に絡んでくる。
たぶん、俺という存在自体が不愉快なんだろうな。
それは理屈じゃない。
生き物としての本能が、敵対的な感情を抱かせる。
感情っていうのは操作が難しい。魔力よりよっぽどな。だから気持ちは解る。
けど、イコール虐められる理由にはならない。
「それで? 俺は誰と戦えばいいんだ? お前か、火口」
「ッ! て、てめぇ……生意気な口きくじゃねえか」
「尊敬できない先輩には口も悪くなるさ。それとも心を入れ替えて帰してくれるのか?」
「ありえねぇな」
火口が上着を脱ぎ捨てる。
こめかみには青筋が浮かんでいた。やる気まんまんって感じだ。
「なら幹部だろうと先輩だろうと容赦しない。正当防衛でボコボコにしてやるよ」
「俺の仲間が周りを囲んでいるっていうのに、口の減らないガキだな! てめぇら! やっちまえ!」
「おう!」
火口の指示を合図に、周りにいた男たちが拳を振り上げる。
それを見て、俺は念のために闇の魔力をまとった。
「俺を殺したいなら、せめて武器くらいは持ってこいよ……」
素顔を黒き魔力甲冑が覆う。
男たちの拳は、たしかに俺の体を完璧に捉えたが……魔力がすべての衝撃を吸収した。
そこには音すらも生まれない。
「チッ! それが例の黒騎士モードってやつか」
忌々しげに火口がそう呟くと、彼の体から赤色の魔力が浮かび上がった。
次第に魔力は炎へと姿を変え、火口の怒りを表すかのように勢いを増していく。
もはや冗談で済むラインを超えた。
——正当防衛成立だな。
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