第31話 黒騎士、囲まれる

 俺こと明墨庵は、もともと誰にも見向きもされない底辺ダンジョン配信者だった。


 そもそも今どき、多くの配信者を擁するコンテンツ内で目立つには、よほどの特徴がないと無理だ。


 たとえば顔がイケメンだとか。


 たとえば驚異的な能力を持っているだとか。


 たとえば有名ギルドに所属しているとか。


 そういうプラス要素がないとウケない。


 インターネットにどれだけの視聴者が転がっていようと、注目を集めないと誰も見向きもしない。


 俺が白魔法配信でまったく人気が出なかったように、そういう人間が世の中には溢れかえっている。


 少しでも人気が出るために行動すべきだと言う奴もいるが、俺がダンジョン配信を始めたきっかけが白魔法を見せびらかすことだ。


 有名になるのは二の次だったから、別に底辺でも死ぬほど苦しかったわけじゃない。


 むしろ暴言を吐かれるほうが屈辱的だった。


 しかし、たまたま有名なダンジョン配信者の配信中に、得意の黒魔法を使ったことで盛大にバズった。


 バズの意味は知らんが、とにかく有名になった。


 いまでは登録者数が七桁を超え、八桁にも迫ろうとしていた。


 日本トップクラスのギルド天照からの勧誘もあり、うだつの上がらない底辺から一躍時の人になる。


 ネット上で自分の名前を見かけることも少なくない。


 いま現在、登校した学校の教室内でも人気は留まるところを知らなかった。


 というより、どうやら東雲さんとのデートの件でまたしても目立っていた。


 クラスメイトたちが同じような質問ばかりしてくる。




「なあおい、あの東雲千とデートしたってマジ?」


「東雲千って可愛かった? 胸とか大きい?」


「ちょっと男子! 変なこと訊かないでよね! それより千ちゃんてさ~」


 ……ちょっと撤回。


 クラスメイトたちの質問は、もっぱら東雲千に関してだった。


 俺の話題なんてほとんどあがらない。


 これは俺が空気というより、普段、顔も合わせない東雲さんへの興味が勝っているのだろう。


 決して負け惜しみじゃない。違うったら違う。


「いっぺんに質問されても解らないよ。それに、別に俺は東雲さんとデートしたわけじゃ……」


「ならなんで一緒にいたんだよ! 普通に考えてデートだろ!」


「男女が一緒に出かけるってそういうことよね!?」


「いや、普通に話があっただけだよ……」


 本当はデートをしていたが、東雲さんにそのことを伝えていいか聞いていないので適当にはぐらかす。


 俺としても、身近なクラスメイトたちに根堀り葉掘り訊かれるのは鬱陶しかった。


 だが、いくら否定してもヒートアップした彼らの耳には入らない。


 やれ東雲さんとの出会いを訊いてきたり。


 やれ東雲さんの趣味や好みを訊いてきたり。


 この手の話題に底はなかった。


 話題が途切れるより先に、授業を知らせるチャイムのほうが先に鳴った。


 教師が教室に入ってきて、一旦はみんな解散となる。


 けれど彼らの表情には「まだ話は終わっていない」と書いてあった。


 俺は再び教室からの脱走計画を考えながら授業を受ける。




 ▼△▼




 クラスメイトや学校の先輩たちから逃げ回ること数回。


 気付けば放課後まで俺は彼らに追い掛け回されていた。


 教室の窓から飛び降りること二回。


 廊下の窓から飛び降りること二回。


 逆に廊下の窓に飛び移ること三回。


 忙しない時間を過ごしながらも、やっと放課後がやってきた。


 ひっそりと靴を履いて外に出る。


 するとそこで、見知った顔の男性と出会った。


「よう……明墨ぃ」


「火口さん?」


 俺のことを待っていたっぽいのは、ギルド天照に所属する幹部・火口さんだ。


 他にも彼のそばには数人の友人? らしき姿があった。


「どうしたんですか、こんな所で」


「お前を待ってたんだよ。ちょっと俺と話をしようぜ?」


「話……ですか」


 あんまりいい雰囲気ではないな。


 男に誘われるという展開も好みじゃない。


 俺は苦笑しながらも忙しいと伝える。


「すみません。ちょっとこのあと用事がありまして」


「ダメだ。俺がわざわざお前みたいな新人を誘ってやってるんだぞ? 幹部の時間を無駄にするな。失礼な奴だな」


「……俺も同じ幹部のはずですが?」


「ハッ! 新人と古参の違いっていうのも解らないのか? それに、お前はまだ何もウチのギルドに貢献していない。そんな奴がいっぱしの口を聞くんじゃねぇよ。いいから黙ってこい」


 なるほどね。


 周りにいた男たちが俺を囲む。


 空気でわかった。コイツらも覚醒者か。


 恐らく天照の一員か、個人的に火口の手伝いをする友人か。


 どちらでもいいが、ここで揉めるのは得策じゃない。


 それに、ここまでされたらどんな要件があるかは想像がつく。せっかくだし、乗ってやるか。


「……解りました。どこにでも行きますよ、先輩」


 俺はにやりと笑みを貼り付ける。

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