第30話 東雲千の初恋

「ふへへ……」


 スマホの画面を見ながら、東雲千は女性らしからぬ笑い声を漏らした。


 液晶に映っているのは、今日、デートした庵と一緒に写ってる自分の姿。


 最初こそ盗撮に憤慨した彼女だが、続いて無言でその写真を見つめたあと、クリックして画像を保存した。


 理由は語る必要がない。


 掲示板やSNSの一文を見て、自分と庵の一件が話題になっているのは知っていた。


 特に厄介なファンを抱える自分が炎上しそうになっているのも知っていた。


 しかし、よくよく考えてみれば炎上するのは配信者として珍しくもない。


 それより何より、彼女の目は写真の中の二人に釘付けだった。


「明墨さんとのツーショット……こ、これ待ち受けにしたらさすがに気持ち悪いかな? 気持ち悪いよね!? で、でも……」


 つい何度も見ちゃう。何度も見て時間が無駄に過ぎ去っていく。


 特に庵の顔は何度見ても飽きない。


 絶世の美男と言えるほどではないが、普通に整っている方だと思う。


「もちろん削除とかはしてもらうけど、動画も写真も保存していいよね? これ、私のものと言っても過言じゃないし……」


 今度は動画をタッチして開く。


 流れた映像には、ファンにだる絡みされる自分と、それを助けてくれた庵が映っていた。


 庵の男らしい態度と行動に、今さらながら照れる。


「ううぅ……! カッコよかったよ~~~~!」


 スマホを握ったまま足がばたばたと暴れ出す。


 顔が赤くなるのが自分でも解った。


 この気持ちは本物だ。最初こそモンスターと間違えた出会いだったが、その後、黒騎士の雄姿を見て心が奪われた。


 死地にあっても揺らぐことのない強さと精神性に惚れた。


 一目惚れなんて御伽話の中だけのものだと思っていたが、東雲千はあっさり落ちたのだ。


 それはまるで、白馬の王子様に救われたお姫様のごとく。


 運命の出会いだと今でも信じている。


「デートも楽しかったし、明墨さんも楽しんでくれたかな?」


 庵は最後まで雰囲気を崩さなかった。


 よく笑ってくれたし、ほどほどに緊張してたと思う。


 だが、庵の本心は千には解らない。人の心など誰にも解らない。


 それゆえに彼女は不安を感じていた。


 もしかすると庵はこちらを気遣ってくれただけで、自分にはまったく好意の欠片もないんじゃないかと。


 口から出た言葉は空気を読んだもの。表情や仕草すらも偽りの——。


「や……やめやめ! 余計なことを考えるな東雲千! 変なこと考えると辛くなるだけだよ……」


 庵はいい人だ。誠実な人間だ。


 自分を悪質なファンから助けてくれたし、待ち合わせの時間よりだいぶ早く来てくれた。


 見た目も清潔感に溢れ、デートの最中はさり気ない気遣いも見せてくれた。


「そ、そう言えば……車道側を歩いてくれてたな、明墨さん。荷物も持ってくれるし」


 さも当然のように庵は千を気遣った。


 それに対するアピールもなく、最後までそれが続いた。


 苦しかったらどうしよう。嫌だったりしたらどうしよう。


 そんな気持ちが出てくるが、庵がそういう人間じゃないことを彼女はもう知っている。


 前に見た彼の配信では、何の縁もない人たちを助けていた。


 ゲートが発生した時も率先して住民を救出していた。


 そんな人間が、コイツは面倒くさい女だ、と思うはずがない。


 繰り返し庵に迷惑をかけているならまだしも、今日が千にとって初めてのデートだ。


 庵は自分の初デートだと言っていたが、それは千も同じ。


 千とて男性と話したことはあっても、プライベートで食事をしたことすらない。


 正真正銘、人生で初めての経験だった。


「本当に……楽しかったなぁ。また、明墨さんと一緒にデートできないかな……」


 布団の上でもう一度動画を再生する。


 画面には男らしい言動の庵の姿が映っている。


 傍らに佇む自分の視線が、遅れて庵に向かっていることに気付いた。


 ああ……改めて千は確信する。


 これが人生で初めての恋心なのだと。


 解ってはいたが、強く自覚した。視線が自然と庵を追いかける。


 庵を見ているだけで胸が苦しくなった。


 でも苦しいだけじゃない。嬉しくて、恥ずかしくて、切ない。


 様々な感情がごちゃ混ぜになったいまの状態こそが……初恋の形。


 願わくばこの気持ちが、この想いが叶うことを祈りながら、彼女は動画の停止ボタンをクリックする。


 スマホの画面をすすいっと操作して、冒険者協会に電話をかけた。


 受付の女性に繋がると、彼女はインターネット上で拡散されている動画や写真の削除依頼を出した。


 冒険者に対するケアを行うのも冒険者協会の仕事のひとつだ。


 当然、仕事に対する対価は必要になる。


 お金を払い、面倒事の処理をすべて協会にぶん投げた。


 場合によって警察沙汰になることもあるが、いまの千はそんなこと気にすらしていない。


 電話を切り、くすくすと笑って瞼を閉じる。


 脳裏には、今日のデートの光景が映し出されていた。


「あー、幸せだなぁ」

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