第63話 黒騎士、同棲する

 テーブルを挟んだ正面では、異世界人の少女ことシロが寝息を立てていた。


 その様子を見て、俺は懐からスマホを取り出す。


「……紅さんに連絡すべきかどうか」


 未だ俺は悩んでいる。


 彼女のことを誰かに話すのを躊躇していた。


 普通なら話すべきだ。


 ギルド天照か、冒険者協会で保護してもらうほうがいいに決まってる。


 だが、何となく彼女も俺も、それを望んでいないような気がした。


 下手すると彼女は酷い尋問のあとに殺される。


 モンスターに対する権利なんてものは、ここ日本にはないからな。


 仮にこの場で俺が彼女を殺害して、その死体を提出しても殺人には問われない。


 なぜなら、彼女はこの世界の住民ですらないから。


「俺は……」


 スマホをぎゅっと握り締める。


 俺はなんでこんなに彼女のことが気になる?


 彼女が言う闇の君主とやらが、俺によく似ているから?


 それとも、闇の君主とやらが俺に精神攻撃でもしているのか?


 答えはわからない。誰にもわからない。


 それでも俺は……それを悪いとは思えなかった。


 スマホをテーブルの上に置いてから立ち上がる。


 横になっている彼女を抱き上げると、そのまま寝室のベッドへ彼女を連れていく。


「ま、いっか。怒られたら怒られたで。俺は俺らしくいこう」


 そう決めて彼女との同棲を決意する。




 ▼




 翌日。


 俺はリビングのソファで目を覚ました。


「ん……ふぁ~~~~!」


 盛大に欠伸が漏れる。


 時間を確認すると、朝の六時。


 割と早く目覚めることができたな。


 やや痛む体をグッと伸ばしてほぐす。


「今日から学校か……めんどくさ」


 なんで一日しか休まなかったんだ過去の俺。


 いやまさか異世界人を拾うとは思わないじゃん?


 それはもうしょうがない話だ。


 顔を洗って朝食を作っていると、その異世界人ことシロも遅れて寝室から出てくる。


 彼女の姿を見て驚愕した。


「し、シロ? その格好……」


「? どうかした?」


 彼女はなぜか裸だった。


 昨日、彼女はたしかに自分の服を着ていた。


 異世界の服なのかちょっと着ずらそうなやつを。


 しかしそれがなくなっている。


 寝ている間に脱いだのかどうかは知らないが、完全にすっぽんぽんだ。


 俺は慌てて視線を横にずらす。


「どうかした? じゃない! 服を着ろ服を! 異世界じゃどうかは知らんが、この世界じゃ服を着るのが常識なんだ! 裸でうろつくと捕まるんだよ!」


 主に俺がな!


 この状況なら間違いなく俺のほうが捕まりそうだった。


「……それは心外」


「え? 心外?」


「私がいた世界だって、服を着なきゃ怒られる。それは一緒」


「なら服を着ろ」


 コイツは一体なにを怒っているのだろうか。


 別に異世界の文化を馬鹿にしたわけじゃない。


 馬鹿にしてるのはお前自身だ。


「服がない」


「昨日のは?」


「汚れてるし臭い……何か着るものはない? お願い」


「あー……そうか。俺の家には女物の服はないから、男用でもいいか?」


「ん、平気。贅沢は言わない」


「了解。ちょっと待ってくれ。そして前を隠せ」


「イオリなら見られてもいい」


「俺がよくないんだよ!」


 なにその謎の信頼!


 急いでコンロの火を消すと、ばたばたと歩きながら寝室へ入る。


 置いてあるタンスやクローゼットから服を引っ張り出し、彼女にも似合うものを渡した。


「じゃ、それを持って着替えてこい。浴室はあそこだ」


「わかった」


 シロは言われた通りに脱衣所のほうへと向かった。


 俺は再び朝食を作り、完成する頃には彼女も戻ってくる。




 ▼




「……学校?」


 シロが着替え、俺が朝食を作ったあと。


 それを二人で食べながらシロは首を傾げた。


「そ、学校。俺はこれからそこに行かなきゃいけないから、夕方までは帰ってこない。数時間くらいな」


「その間は……ひとり?」


「そうなるな」


「嫌」


「我慢しろ」


「寂しい」


「犬か」


 そんなんで登校を拒否れたら誰も学校にはいかねぇんだよ。


 さっきまで笑顔で「この世界の食事は美味しい!」とか言ってたくせに、俺が学校に行くことを話した瞬間にテンションだだ下がりだ。


 嬉しい反応ではあるが困る。


 俺の単位と出席日数がかかっていた。


「悪いがこれは俺の義務なんだ。我慢してくれ」


「……わかった」


 ぶすっとシロは拗ねている。


 本当にペットみたいだなコイツ……。


「その代わり、家に帰ったら二人で出かけよう。お前の服とか下着とか買わなきゃいけないからな」


「お出かけ? イオリと?」


「ああ。いろいろ買ってやるよ。幸いにも俺、そこそこ金は持ってるし」


「————!」


 ぱあっとシロのテンションが元に戻った。


 ぶつくさ文句を言ってたわりには、この世界には興味があるらしい。


 その様子を見ながらくすりと笑った。


「だからそれまで大人しくここで待ってろ。いいな?」


「任せてほしい。私は待てる女」


「それ意味おかしいだろ」


 誤解されるような言い方には今後も注意していかないとな……。


 下手すると俺が変なやつだと思われる。




———————————

あとがき。


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