第62話 約束

 偶然道端で出会った異世界人の少女。


 彼女にはいろいろと謎が多い。


 異世界人でありながら俺たちと敵対していないのもそうだが、何より彼女は、味方であるはずの異世界人に狙われている——らしい。


 その上、彼女自身にほとんど魔力がなく脆弱だ。


 その辺の一般人とほとんど変わらないといってもいい。


 そんな彼女を拾って俺は、自分の家に連れていく。


 訊きたいことがあったし、彼女をそのままにはしておけなかった。


 恐らくこちらの事情を考えるに殺したほうがいいんだろうが……俺は目の前の少女に不思議な縁を感じてしまった。


 殺せない。


 だから家にあげた。彼女とテーブルを挟んで見つめあい……まずは軽く挨拶から始めるのだった。




 ▼




「えっと……まず俺の名前は明墨庵だ。庵って呼んでもらって構わない」


「イオリ……了解。覚えた」


「お前の名前は?」


「私?」


「名前くらいあるだろ。いくらお前が異世界人とはいえ、そういう文化があるんじゃないのか?」


 君主たちだって君主って呼ばれてたくらいだしな。


「名前……私の名前……」


 少女は頭を抱えた。


 必死に思い出そうとするが、一向に出てくる気配はない。


「どうやら名前は覚えていないようだな。しょうがない。便宜上ほかに名前をつけるか。好きな名前でいいぞ」


 呼ぶときに「おい」とか「お前」じゃ困る。


 まるで古いドラマのようだしな。


「好きに付けてもらって構わない。なんでもいい」


「適当だなおい……じゃあシロで」


 そういう俺も適当だった。


 犬や猫につけそうな名前を彼女につける。


 だって白いし……髪。


「ん、了解。今後私はシロと名乗る」


「じゃあ名前も決まったことだし、いろいろお前に質問をするぞ」


「問題ない。けど、私は大部分の記憶を失っている。さっきの質問以外はあまり答えられる自信がない」


「それならそれでいいさ」


 知れたらラッキーくらいには思ってる。


「まず一つ目。異世界にはどんな国があるんだ」


「いくつかの国がある。それを統治するのが君主の役目」


「なら闇の君主っていうのは?」


「私の主。冥界を統べる人だった」


「能力は?」


「覚えてない」


「他の君主の名前は?」


「知らない。君主は自らを君主と名乗る。名前は名乗らない」


「能力は?」


「覚えてない」


「ふむ……なるほどな」


 ここまで聞いたかぎり、異世界にもこちらと同じ文化や文明があると思われる。


 王が国を統治するのはどこの世界でも同じか。


 問題なのは、相手側の能力がほとんどわからないことだ。


「——あ、でもひとりだけ思い出せた」


「誰だ」


。彼はその名の通り炎を操る。近づくだけで脆弱な存在は死んじゃうわ」


「紅さんと同じタイプの能力者か……」


 ひとりでも知れたのは僥倖だな。


 でも、なんでその炎の君主ってやつのことは知ってるんだ?


 いくらなんでもピンポイントすぎる。


 もしかして彼女を襲ったのがその勢力?


「他に質問は?」


「ゲートっていうのはどうやって使うんだ?」


「魔力を操って空間を繋げるの。触媒が必要になるわ」


「触媒?」


「いろいろあるけど、一番手っ取り早いのは道具を使うこと。道具を自分の体に埋め込む人もいる」


「へぇ……シロはもうゲートは使えないのか?」


「使えない。開いたときに触媒が壊された。なくても私には王との繋がりがあるけど、そもそも魔力が足りえない。ゲートを開くにはたくさん魔力が必要だから」


「ふんふん」


 これまた新情報だ。


 何かの役に立ちそうな話だったな。


「ひとまず今思いつくかぎりの質問だとこんなもんかな?」


「そう? またいつでも聞いて。なんでも話す」


「えらい協力的だな」


「私はもう異世界に帰れない。仮に帰れるとしても居場所がない」


「居場所がない?」


「王が死んだ。他の君主たちに討たれた。私はもう、何もいらない……ただ、王だけが……」


 ぱたりと彼女は急に倒れた。


 驚くが、しっかりと意識はある。


 ただ横になっただけらしい。


「でも、あなたのそばにいると、不思議と王を感じられる……あの人によく似ているのかもしれない。だから、私はあなたになら何でも話せる」


「自由な奴だな」


「ごめんなさい。悪いとは思ってるの。けど、その上でひとつだけ約束してほしい」


「約束?」


 やけに彼女はその部分を強調して言った。


 空気が少しだけぴりっとする。


 彼女は真面目な口調で、じっと俺を見つめたまま続けた。


「私を裏切らないで。奴隷でもいい。ただそばに置いてくれるだけでいいの。それだけで私は幸せだから……一人にしないで。道具でもいいから……」


 それは彼女の願いだった。


 必死の懇願だ。


 俺は一瞬だけ驚いたものの、すぐに表情を崩す。


 笑みを浮かべた。


「別に捨てたりしないよ。居たいなら好きなだけいればいい」


「……本当?」


「ああ。俺は別にお前のこと嫌いじゃないしな」


「……ありがとう」


 それだけ言うと彼女は瞼を閉じた。


 すー、すー、という寝息が聞こえてくる。

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