第61話 不思議な少女

 紅さん、東雲さんと食事をしたその後。


 自分の話を目の前でされていたたまれなくなった俺は、店を出てひとり帰路に着く。


 さらにそこで、見知らぬ美少女が倒れているのを見かけたと思ったら……。


 彼女は俺におかしなお願いをしてきた。




「あなたなら、信用できそう。勘。でも、それでいい。——お願い、私を守って。私は、!」


「…………」


 あー、なるほどね。


 そういう感じか。


 ——やべぇやつ。


「い、いや……いきなりそんなこと言われてもね……どういうこと?」


「追われてるの。敵に。恐ろしい敵よ」


「さっきと情報が変わってない。どゆこと」


「だから敵なの! 敵がゲートを使って私を追いかけてくるの! 殺しに!」


「……ゲート?」


 少女の口から俺が知ってる単語が出てきた。


 さすがにそれは見逃せない。


「君、ゲートを知ってる?」


「? ええ、知ってるわ。私たちの世界で生み出された特殊な技術ですもの。ゲートを操るのはある程度力があれば誰でもできるわ」


「私たちの……世界!?」


 全身に稲妻が走った。


 強い衝撃を受けて、よろよろと後ろに下がる。


 彼女はそんな俺の姿を不思議そうに見ていた。


「? どうしたの、あなた」


「ど、どうしたって……つまり、君は——異世界人?」


「異世界人……なるほど。言われてみればその通りね。ここは別の世界だもの。それで合っているわ」


「つまり俺の敵か」


 魔力を練り上げる。


 足元から闇色の魔力が周囲を包んだ。


 これで周囲に被害は出ないだろう。


 魔力を全身にもまとって帳を展開する。


「な、なに!? 急になんで魔力を……」


「状況がわかっていないのか? それとも演技か? お前ら異世界人がこの世界に侵攻したせいで、外がどうなっているのか……知らないわけないだろ?」


「は、はぁ? ぜんぜん知らないわ。だって私は……ずっと向こうの世界にいたもの!」


「前に戦った異世界人は知ってたぞ。君主とやらがこの世界に攻め込もうとしてるってな」


「君主……それって誰かわかる?」


「名前までは言ってなかった。それがどうした」


「信じてもらえないかもしれないけど、私は君主と繋がりはないわ。記憶が曖昧だけど、そんな連中に覚えがない……いや、ただひとりだけ知っている」


 少女は頭を抑えながら、悲しそうに目を伏せた。


 そんな顔をされると攻撃できないじゃないか……。


 なんとなく、彼女からは敵意のようなものを感じない。


「その君主がこの世界に攻め込もうとしてるって線はないのか?」


「ありえないわ」


「どうして断言できる。それを俺に信じろと?」


「だって……私の君主は


「……なに?」


 君主が死んでる?


「本当よ。私の尊敬する君主は、他の君主と争って負けた。アイツら、卑怯にも闇の君主を……!」


「闇の君主?」


 どこかでその名前を…………あ。


 思い出した。


 閻魔殿で遭遇した人型モンスターがその名前を言っていた。


 たしか俺と似た能力を持ってるとかなんとか。


 その上でその話が真実なら、人型モンスターは闇の君主と敵対してるような口ぶりだった。


 本当に、彼女は侵攻してくるモンスターたちとは別の勢力なのか?


 ちょっとだけ警戒心が揺らぐ。


「…………わかった。今はお前を信じる。が、完全に信用することはできない。まずは俺の家に向かおう。そこならここより落ち着いて会話できるはずだ」


「構わないわ。どうせ今の私に戦闘能力はないもの。あなたくらいの実力者ならわかるんじゃない?」


 その通りだ。


 俺もそこそこ魔力の感知能力は高い。


 その上で、彼女からはほとんど魔力を感じなかった。


 そういう能力がない限りは、彼女は安全だと言える。


 だからこそ、あえてギルドホームではなく自宅へ招こうとしているのだ。


 恐らく普通に攻撃してきても、生身の俺に傷をつけることはできない。


 念のため、帳は解除するが、服の内側に魔力を仕込む。


 周囲に張った黒の魔力が霧散する。


 少女は立ち上がった。


「信じてくれてありがとう。もしかすると、アナタとは長い付き合いになるかもしれないわ」


「意外と図太い奴なんだな。まあいいけど」


 さて……この後はどうするかな。


 まずは彼女から話を聞くのが先決だが、紅さんに今回の件を話してもいいものか。


 少しだけ悩んだ。


 というのも、彼女はモンスターに対して躊躇がない。


 仮に彼女が人型モンスターだとわかると、その場で殺されかねない。


 それがなぜか嫌だった。


 彼女から感じるオーラのせいか。


 不思議と、俺は彼女を嫌いになれない。


 かと言って好きでもないが、彼女を守ることでもしかすると異世界の他のモンスターたちへ何かしらの妨害ができるかもしれない。


 そんな予感がたしかにした。




「じゃあ家に行くぞ。大人しくついてきてくれ」


「暴れないわよ。さっきも言ったけど、いまの私は魔力を持たない脆弱な存在よ」


「……そうだったな」


 彼女と並んで街中を歩く。


 彼女は回りに広がる光景を眺めながら、何度も何度も感嘆の声を漏らしていた。


 まるで外国人観光客だな。

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