第60話 何かが起こる予感

「だからね? 庵はそういう奴なのよ~」


 東雲さんが混じった昼食は、俺にとって地獄のような時間となった。


 というのも、半ば無理やり東雲さんを席に座らせた正面の女性——紅さんのせいだ。


 彼女は俺の話が聞きたいという東雲さんに、ぺちゃくちゃとあることないこと適当に吹き込んでいた。


 調子がよくなったのか、酒も飲んでいないのにずっと喋ってる。


 東雲さんも東雲さんで、


「へぇ、そうなんですか~……じゃ、じゃあ! 明墨さんって——」


 という風にやたら紅さんの話に食いつき、無限ループに陥っていた。


 それをひたすら聞かされ続ける俺の身にもなってほしい。


「あのー……そろそろ帰りませんか? 正直、自分の話を聞いてる俺としては非常に居心地が悪いと言いますか……」


「あ……す、すみません! つい紅さんの話にばかり耳を傾けて……」


「なーに言ってんのよ、庵~。本当は嬉しいくせに~」


「酔ってるんですか、紅さん。東雲さんを見習ってください」


「酔ってないわよ!」


 がるるっ! と紅さんが俺を睨む。


 その反応はどちらかと言うと酔ってる人の反応では?


 しかし彼女はジュースしか飲んでいない。酔ってないのは本当だ。


「あはは……本当にすみません。私がずっと紅さんに明墨さんの話ばっかり聞いて」


「いえいえ。東雲さんは悪くありませんよ。あの酔っ払いの責任です」


「だから酔ってないってば! もう!」


 ダン、と力強くコップをテーブルに置いた紅さん。


 危ないから覚醒者がそういうことをしないでほしい。


 下手するとテーブルもコップも砕け散る。


「わかったわよ。庵は先に帰りなさい! あとはあたしと東雲ちゃんで楽しむから!」


「まだウザ絡みするんですか」


「ウザくないわよ!」


 それはウザい人が言う台詞だ。


「私は構いませんよ」


「東雲さん?」


「今日はまだ時間に余裕があるので!」


 そういう問題ないじゃないと思う。


 俺は恥ずかしいからなるべくやめてほしいんだが……そういうのもなんだかな。


 まるでモテてると勘違いしてるみたいでちょっと恥ずかしい。


 無意味なプライド。無意味な考えだとわかっているが、いたたまれない俺は席を立った。


「わかりました。じゃあ俺だけ先に帰りますね」


「ほーい。今日はサンキューね庵」


「お疲れ様でした明墨さん。またご一緒しましょうね」


「はい、お二人ともまた」


 軽く手を振って二人と別れた。


 今回の飯代は紅さんの支払いだ。さすが大人。


 まあほとんど食べてるのは彼女なんだけど。




 俺はそのままカウンターを越えて店を出る。


 外はわずかに茜色の光に包まれていた。


「ここから徒歩で……そんなにかからないね」


 問題ないと判断して歩き出す。


 外の景色を楽しみながら帰路に着いた。




 ▼△▼




 帰り道。ここ最近のことを振り返りながら歩く。


 記憶を漁る度に、妙に心が満たされた。


 いろいろあったけど、俺は冒険者になってよかったと思う。


 冒険者になったからこそ、配信を始めたからこそ、俺は成長できた。


 白魔法は今のところてんでダメだが——いや使えるけどね?


 まだまだ黒魔法ほど練度は高くない。


 また次の休日には配信でもしよう。そう思いながらショートカットして路地裏のほうを通る。


 すると、そこで珍しいものを見つけた。


「——ん? あれは……」


 路地裏に女の子が倒れていた。


 人が倒れている光景を見るのが珍しい。そこが路地裏だと微妙に事件性を感じた。


 ひとまず近くにほかに誰もいないことを確認して、俺は彼女のそばに歩み寄る。


 膝を突いて彼女を抱き起こした。


 どこか幻想的な銀髪の美少女である。


「日本人じゃないのかな? キレイな子だね」


 軽く彼女をゆすってみた。


 声もかけていくと、やがてその青色の瞳が開かれる。


 真っ直ぐに俺を見つめた。


 そして、


「……だれ」


 開口一番にそう言った。


 目覚めたら知らない奴がいる。まあそういう反応になるよね。


 俺はなるべく相手に不審な気持ちを与えないよう笑みを作って返事を返した。


「たまたまここを通った一般人だよ。君が路地裏で寝てたから気になってね。大丈夫?」


「一般人? 路地裏? ……ここは……」


 きょろきょろと彼女は周りを見渡す。


 その視線が吸い込まれるように路地裏の先、人々が行き交う表のほうへと向いた。


「知らない服。知らない人。知らない場所……まさか、私は助かったの?」


「助かった? 何の話?」


 彼女の呟きが何を示しているのか俺にはわからなかった。


 首を傾げると、彼女は今度は俺の顔をじっと見つめる。


「あなた……かなりの量の魔力を感じる。それに、この反応は……どこか懐かしい」


「え? もしかして君……」


 魔力を使っていないのもかかわらず魔力を感じるってことは、相当感知能力が高い証拠だ。


 覚醒者?


 いやしかし……。


 なんとなく俺は、彼女の存在自体に違和感を覚えた。


 その違和感の正体は、彼女自身が教えてくれる。




「あなたなら、信用できそう。勘。でも、それでいい。——お願い、私を守って。私は、!」


「…………」


 あー、なるほどね。


 そういう感じか。




 やべぇやつだ。




———————————

あとがき。


これで一章は終わりました!


次から二章ですが、もしかすると更新ペースが落ちる可能性があります


ご了承のほどよろしくお願いします!

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