第59話 黒騎士、置いていかれる

 紅さんとの話は続く。


「それで……今回、庵を呼んだワケを話すわね」


 店員さんが、紅さんのおかわりのジュースをテーブルに置くのを見て、彼女は話を続ける。


「まずS級ゲート攻略の報酬が庵に支払われるわ。貢献度に応じて報酬は増えるんだけど、庵はあたしたちとほとんど同じくらいの報酬が振り込まれると思う」


「お、俺が紅さんたちと同じくらい……?」


「ええ。受け取らない——なんて言うのはなしよ? あなたには受け取る権利がある」


「いいんですかね……正直、サポートを少ししただけって感じですけど」


「なに言ってるんだか……」


 ハァ、と紅さんが深いため息を漏らした。


「アンタのおかげであのドラゴンを紫音が倒せたのよ? で、人型モンスターを瀕死に追い込んだのは誰?」


「……俺、ですね」


 厳密には人型モンスターを追い詰めていたのは紅さんも同じだ。


 しかし、今の空気でそれを言うとぶっ飛ばされそうなのでグッと堪える。


 彼女はこくりと頷いた。


「その通り。これであたしたちより報酬の額が少なかったら大問題でしょ。バレたら世間様から叩かれるのはあたしなのよ? 無能なギルドマスター、有望な新人に報酬を出し渋るってね」


「そんな風になりますかね?」


「なるわよ。人間っていうのは極端な生き物なの。善良かそうでないか。特にインターネットが普及した現代において、不特定多数の人間が集まるSNSや掲示板なんかじゃ、みんな好き放題言ってるわ。興味があったら覗いてみたら? きっと庵の話もたくさん出てるわよ」


「なんだか怖いですね、その言い方だと……」


 まるで俺が世間様から叩かれているような言われ方だ。


「ふふ。庵はぜんぜん世界を知らないわね。全人類が自分を応援してくれると思う? さっきも言ったでしょ。人間は極端なのよ。叩くか優しく応援することしかできない」


「中間の人だっているでしょうに」


「そりゃあいるけど、そういう人は基本的に発言しないわ。発言した時点で自分に酔ってるか自分の中でどっちかを否定してるようなものよ」


「紅さんの偏見がすごい……」


「インターネットにどっぷり浸かってるとね……心も荒むわよ」


 ははっと彼女は笑う。


 その乾いた声には、なにやら複雑な心境が込められているように聞こえた。


 深くは訊かないでおこう。


 俺まで怪我しそうだ。


「とりあえず報酬の件はわかりました。ありがとうございます」


「いいのよ別に。あたしが報酬を支払うわけでもないしね。感謝するなら冒険者協会の爺にでも感謝しておきなさい」


「あはは……」


 紅さんはいつでも剣さんのことを爺って呼ぶなぁ……怖くないのかな?


 剣さんは日本最強って呼ばれてるらしいし。


「——おっ。肉がたくさん運ばれてきたわよ庵! まだまだ食べられるわね?」


「食事を始めて少ししか経ってませんからね。問題ありません」


「ならじゃんじゃん焼きましょう。そっちの皿取って」


「はいどうぞ」


 店員さんが大量の肉を運んできた。


 テーブルに並べられた様々な肉を紅さんが豪快に焼き始める。


 俺も彼女に倣って肉を焼く。


「そう言えば庵は……うん?」


「紅さん? どうしました?」


「いや……なんかジッと見られてるから」


「え?」


 紅さんが窓のほうを見ていた。


 釣られて俺もそちらに視線を送ると、窓の外、道路のほうを歩くひとりの女性が視界に入る。


 すごく見覚えのある顔だった。


 彼女の名前を呟く。




「し、東雲さん……!?」


「明墨さん!?」


 彼女の声はガラス越しで聞こえなかったが、口の動きでなんとなくそう言ったように見えた。


 なんでこんな所に彼女が……。


 つくづく俺たちは遭遇する運命にでもあるのかな?




 ▼




「び、びっくりしました……まさかお店の中に明墨さんがいるなんて……」


 俺の隣に座った東雲さんが、あはは、と苦笑しながらそう言った。


 結局、彼女に挨拶しにいった俺を見て、紅さんが「アナタも一緒に肉を食べましょう」とか言って半ば無理やり東雲さんを店内に連れてきた。


 そして今に至るのだが……。


「俺もびっくりしましたよ。東雲さんはこの辺りで何を?」


「今日は個人的な用事があって学校を休んだんです。用事が終わっても暇だったので散歩を」


「それで知り合いと出会うなんて運命じゃない」


「う、運命?」


 なぜか正面に座る紅さんがニヤニヤと俺たちを見つめた。


 茶化してくる。


「そ、そんな……運命だなんて……えへへ」


「東雲さん?」


 なんか東雲さんがデレデレしてる。


 もしかして紅さんのファンだったりするのかな?


「ふんふん……なるほどねぇ。若者同士の青春なんていいじゃない。庵はオススメするわよ」


「ぶっ!?」


「東雲さん!?」


 東雲さんが飲んでいたジュースを吹き出した。


 背中をさすってあげる。


「ごほごほ! ごほっ! きゅ、急になんですか?」


「ふふん。あたしは応援してあげるって言ってるの。たぶんそいつフリーだから」


「本当ですか!?」


 東雲さん?


 やたら食いついてるけど二人は何を話しているんだ?


 俺だけ置いていかれているように見える。


 しかし話題は俺に関するものだ。


 意味がわからない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る