第58話 黒騎士、食事に誘われる

 東雲千とのデートが終わった翌日。


 ゲート攻略のあとで学校を休んだ俺は、特にやることもなく家を出て外にいた。


 目的は散歩と買い物だ。


 呆然と空を仰ぎながら近所を歩いて駅のほうへ。


「……なんか体が無駄に重い」


 自分がどれくらい疲れているのかわかっていなかった。


 ここ二日ほど爆睡したことで、逆に疲れが表に出てきた気がする。


 具体的には魔力の使いすぎて体が重かった。


 原因はそれだけじゃない。


 おそらく緊張と達成感。それらが俺の体に小さな重石を巻いている。


「ちょっと頑張りすぎたかな?」


 俺でこれなら紅さんはどれだけ疲れているのやら。


 気になったものの、休んでいるであろう彼女に電話をかけてそんなくだらないことを訊く気にはなれなかった。


 気づけば駅のそばに辿り着く。


 デパートの中に入って今日の分の昼食を購入することにした。


 しかし、この時の俺は完全に忘れていた。


 自分がどれだけ人気者——というか、世間的に有名だったのかを。


「あれ……? もしかしてあの人って」


「ん? どうしたのたっくん。急に……って、ええ!? く、黒騎士じゃない? いま話題の」


 ざわざわざわ。


 デパートの中を歩き始めて十分。


 なぜか周りから大量の視線を向けられていることに気づく。


 デパートの壁に設置されていたミラーを通して自分の様子に気づいた。




 ——俺、変装するの忘れてる。




 普通に私服で来ていた。サングラスもマスクもない。


 これじゃあ気づいてくれって言ってるようなものだ。俺の顔はすでに世界的に知られているのに。


 ひとりが気づけばどんどん周りも気づく。


 一応有名人という部類に入る俺は、すぐに近くを知らない男女に囲まれた。


 話しかけられる。


「黒騎士の明墨庵さんですよね!? 私ファンなんです! もしかして……この辺りに住んでるんですか!?」


「えー!? 本当!? 今度お家に遊びにいってもいいですか!?」


 いいわけないだろ!


 ハッキリとそう拒否することはできなかったが、やたら気安いJK軍団に声をかけられて困惑する。


 若い子……っていうとちょっと変だな。


 同学年くらいの子に話しかけられると気まずい。


 これまで大半が年上だったから尚更。


「すみません。そういうのは遠慮してもらえると助かります」


「えー? なんで! ちょっとくらい、いいじゃないですか」


「JKに囲まれますよ! ちょっとエッチなハプニングも……」


「やめてください」


 俺は踵を返してその場から離れた。


 このまま彼女たちと話してるとまずいと判断したためだ。


 急いでデパートの外に出る。


 当然、JK軍団をはじめとした複数のファン? たちが俺を追いかけてくるが、外に出た瞬間走れば問題ない。


 覚醒者とその他では身体能力に大きな差がある。


 次第に追いかけて来ていた人たちがいなくなり、完全に振り切る。


「ふう……ここまでくればいいかな? 一度家に帰って変装用のサングラスとか持ってこよ」


 背後に誰もいないことを確認すると、俺はやれやれと肩を竦めながら自宅に帰った。




 ▼




「……あれ? 俺の家の前に車が停まってる。なんだか見覚えがあるような……」


 具体的には、ギルドマスターが前に乗せてくれた車とまったく同じに見えた。


 まさかな、と思いながらも自宅に戻ると、家の前から紅さんがぬっと姿を現した。


「く、紅さん!?」


「あら庵、どこに行ってたのよ。せっかく家まで来て驚かせようと思ったのに」


「今も驚いてますよ……何か用ですか?」


「ちょっとゲートに関して話がね。今日は暇?」


「ゲートに関して? え、ええ……暇ですけど……」


「なら決定。ちょっとご飯でも食べに行きましょう? 行き先は……まあ焼肉でいいでしょう。たくさん食べられるし」


 ガシっと紅さんに腕を掴まれる。


 そのまま引っ張られると無理やり車に乗せられた。


 車が発進する。




 ▼




 紅さんは宣言どおり本当に焼肉店に向かった。


 そこそこお高い店の前で停まると、駐車場に車を入れて店内に入る。


 席に座り一通り注文が済むと、彼女はびしりと人差し指を向けて話を始めた。


「今日は悪かったわね、急に連れ出して」


「いえ。そこそこ暇してましたよ」


「今日は平日よね。学校は? サボり?」


「さすがにゲートを攻略したあとで疲れが残ってて……」


「あー、なるほどね。改めてお疲れ様。庵のおかげで助かったわ」


 店員さんが持ってきた飲み物で乾杯する。


 彼女はぐびぐびっと勢いよくジュースを飲み干すと、ぐっと親指を立てて言った。


「庵の防御魔法は最高ね! 攻撃もできるし、今後も私と庵のペアで柔軟に動けそうだわ」


「俺と紅さんのペアですか?」


「そうそう。次のS級ゲートの攻略だっていつ始まるかわからないしね。私と庵が組めばたいていの問題には対処できるわ。相性がいいのね、あたしたち」


「あはは……そうですね」


 言われてみればそのとおりだった。


 しかし、美人の紅さんにストレートにそう言われると……少しだけ照れる。


 視線を逸らしながらちびちびとジュースを飲んで顔の熱を冷ました。

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