第17話 黒騎士、人を助ける

「きゃああああああぁぁぁ————!」


「げ、ゲートが開いたぞ————!」


 外から聞こえてきたその声に、俺も東雲さんも同時に席を立った。


「「なっ!? ゲート!?」」


 台詞まで完璧に重なる。


 外を見ると、道路の奥からたくさんの人たちが慌てて走っている姿が見えた。


 その奥から、大きな爆発音が響く——。


「煙が……間違いない、ゲートが開いてる!」


 ゲートとは、異世界と地球を繋げる扉のこと。


 決まった場所にあるダンジョンと違って、ゲートは地球上どこにでも発生する。


 そしてゲートの中からは、ダンジョンと同じように大量のモンスターが現れる。


 当然、モンスターは人間を襲う。先ほどの叫び声も、ゲートから出てきたモンスターを見てのものだろう。


 互いに視線を合わせ、どちらともなく金を払ってから店を出る。


 外はすでにパニック状態だ。


 歩道には人が溢れ、車道には立ち往生した車がところ狭しと並んでいる。


 クラクションが飛び交い、我先にゲートから離れようとしていた。


 中には、車から降りて全力で駆け出す者までいる。


 それを確認すると、俺も東雲さんもゲートがあるほうへと走った。


 逃げる人たちの流れに逆らうように進む。


 しばらくすると、地面を、建物を、壁を、車を壊しながらうろつくモンスターの姿を捉える。


 襲われている人たちもいた。


「明墨さん! 左側をお願いできますか!?」


「了解! 東雲さんは右側をお願いします!」


 彼女の意図を察して、お互いに左右へ分かれる。


 俺も東雲さんもそれなりに実力がある。安全を考慮した上で固まって動くのではなく、バラけてより効率的に住民を助ける方法を選んだ。


 俺が闇の魔力を解放し、東雲さんが輝く白い魔力をまとった。


「ギギ? ギャガァッ!」


 醜悪なゴブリンやらなんやらが、俺の接近に気付く。


 足元には、棍棒で殴られたと思われる血だらけの男性が。


 ——まだ息はある。


 ギリギリ助かる命だと思い、急いで立ち塞がるモンスターを蹴散らした。


 相手はほとんど上層で出てくる雑魚ばかり。魔力を箒のように払うだけで、そのすべてを吹き飛ばすことができる。




「大丈夫ですか!」


 倒れている男性を抱き上げる。


 呻き声は聞こえた。ハッキリと喋るほどの力は残っていないが、呼吸する元気はある。


 であればまだ助けられる。この場には治癒に秀でた白魔法使いの東雲さんがいる。


 彼女に任せればこれくらいの傷はすぐに治るだろう。


 騒ぎを聞きつけて群がるモンスターたちを蹴散らしながら、同じように怪我を負った住民たちを拾いながら東雲さんを探す。


 闇色の魔力を手足のように使って負傷者たちを担ぎ、障害を乗り越えて東雲さんのもとへ。


 彼女もまた、負傷者を助けながらモンスターを駆逐していた。


 彼女のそばに群がるモンスターたちを一斉になぎ払い、隣に着地する。


「明墨さん!」


「ごめん、東雲さん。しばらく護衛するから、この人たちも助けてほしい」


 そう言って、魔力で掴んでいた負傷者たち数名を彼女のそばに置く。


 ゲートの発生源に近かったせいで、俺が運んだ人たちはかなりの重症だ。


 死んでいないだけでほぼ全員が血をたくさん流している。


 それを見た東雲さんが、


「解りました! 護衛、よろしくお願いします、明墨さん!」


 と叫び、急いで魔法を発動させていく。


 白色の魔力が、周囲数メートルを優しく満たした。


 これはかなり高等テクニックだ。


 魔力を広げて、一度に複数人の怪我を治す————〝癒しの聖域〟。


 似た魔法に強化などの補助系もあるが、現状、治癒を優先したとみて間違いない。


 その証拠に、足元に転がる人々の顔色がよくなっていく。


 青くなった腕も、切られて出血していたはずの手足も、光が強まるごとに治っていくのが見えた。


 ——すごいな。


 白魔法に憧れる俺だからこそ、彼女の技量に舌を巻く。




 本来、魔力とは、人間の内側に宿る力だ。


 アニメや漫画でよくある、内部エネルギーを消費して発動する奇跡が魔法と呼ばれる。


 それゆえに魔法を起こすために必要な魔力は、体から離れれば離れるほどその制御が難しくなる。


 適性のある黒魔法なら俺も同じことはできるが、練習中の白魔法ではまだまだ不可能だ。


 俺が白魔法を、せめて治癒をまともに使えていれば……現在、汗をかきながらも必死に負傷者たちを治療する東雲さんにすべてを任せないで済むのに……。


 そんな歯がゆい気持ちを抱きながら、光に引き寄せられたモンスターたちをなぎ払う。


 壁のように漆黒の魔力を展開し、近付くモンスターはすべて殺した。


 すると、広範囲回復を施しただけあって十五分ほどで東雲さんの治療は終わる。


 光が消え去り、彼女の安堵するような声が聞こえた。


「ふう……これで、なんとか全員問題ない」


「治療は終わりましたか?」


「はい。護衛、ありがとうございます、明墨さん」


「いいえ。俺は彼らを助けることができませんでした。東雲さんが一緒でよかった」


 仮に東雲さんがこの場にいなかったら、いま横たわる人たちは確実に死んでいただろう。


 病院まで運ぶ余裕はないし、仮に運んでも間に合わなかった。


「そんなことありません! 明墨さんもいたからこそ、これだけの人を助けられたんです! それに、まだゲートは開いてます。他にも逃げ遅れてる人はいると思うので、まだまだ頑張らないと!」


「東雲さん……そうですね。すみません。早々に感傷に浸るなんて無駄なことをして」


 円状に東雲さんたちを囲んでいた闇色の魔力を解除する。


 問題は、回復した負傷者たちをどうするべきかということ。


 俺も東雲さんも魔力を操れるし、ひとりで複数人の運搬は可能だ。


 そうなると、残るべきは……。


「それでは、負傷者たちを安全な場所に移してください。俺は引き続き、負傷者や逃げ遅れた人の回収に向かいます」


 間違いなく、俺が残るべきだろう。


 俺なら治癒はできないが、戦闘においては東雲さんより強い。


 いざという時のことを考えて、俺が危険なゲート周辺を探し回るべきだと伝える。


「……解りました。すぐに戻ります。気をつけてくださいね」


 彼女はグッと自分の気持ちを抑えて笑った。


 白い魔力で負傷者たちを抱き上げると、最後にもう一度、俺の顔を見てから走り出す。


 彼女の背中を一瞥してから、俺も救助を再開する。




 グッと足に力を入れて走った。


 ——その瞬間。


 前方の大きく開いたゲートの中から、大地を揺らすほどの大質量が姿を現した。


 バチバチとうるさいくらい鳴り響くゲートの帯電。


 歪み、縦に裂けた穴から出てきたのは————漆黒の巨大なゴーレムだった。


 横に切られた頭部の奥から、血のような赤眼が俺を見下ろす。


 間違いない。




「……ボスか」

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