第18話 黒騎士、ゲートを閉じる

 バチバチと、青白いゲートが帯電を始める。


 ゲートがさらに大きく広がると、その中から巨大なゴーレムが出てきた。


 大きい。数十メートルはある。地面を大きく揺らし、ズウンズウンと鳴らしながらアスファルトを砕く。


 横一文字に切られた空洞から、じろりと真っ赤な瞳が俺を見下ろした。


 間違いない。


「ボスか」


 ゲートにはこんな風に、見るからに雑魚とは思えないようなモンスターがいる。


 それを人は〝ボスモンスター〟と呼び、そのボスを倒さないかぎりゲートは決して閉じないのだ。


 原理は不明。


 学者の話によると、そのゲートを制御、維持してるのがボスモンスターなのではないか、と言われている。


 実際にボスと倒すとゲートは閉じるのだから、その仮説が正しいとされてきた。


 ともかく。


 一般人を助けるのも大事だが、目の前にいるクソデカゴーレムを倒すのも大事だ。


 コイツさえ倒せば、もうゲートから増援が来る心配はない。


 俺も相手を睨み、戦闘になる。




「————〝深淵の帳〟」


 真っ先に闇をまとう。黒騎士のような姿に変わり、一気に防御性能を高めた。


 するとゴーレムは、俺の体よりデカい腕を振り上げて、なんの躊躇もなくそれを振り下ろした。


 空気を引き裂いて石の拳が迫る。


 右手を掲げ、魔力を展開してそれを防ぐ。


 中途半端に防御したからか、魔力が足りなくて衝撃が全身から地面へ伝わった。


 当然、アスファルトは粉々に砕け散る。


 クレーターができ、停まっていた車が何台も衝撃で吹き飛ぶ。


「おいおい、廃車確定じゃん。ちゃんと金持ってんの、おまえ」


 ただし、俺に対するダメージはゼロだ。


 攻撃を防御した上に、深淵の帳をまとっているから流れた衝撃も内側までは届かない。


 もうちょっと魔力を増やしたら、アスファルトと車は無事だったかな?


 まあ俺の責任ではないし、だれもいないので特に気にしない。


 展開していた闇色の盾を解除し、もう片方の手に剣を握る。


 剣も魔力によって造られたものだ。


 どこまでも黒い。どこまでもくろい剣。


 それを握り締め、刀身を伸ばして振るう。


 ゴーレムのくせに素早いヤツだ。俺の攻撃モーションを見て、わずかに急所を逸らす。斜め後ろに避けたゴーレムの、右腕がスパッと斬れた。


 轟音を立ててゴーレムの腕が地面に落ちる。またしてもアスファルトを砕き、車ごとぺしゃんこにした。


「なるほど……お前の急所はそこか」


 ゴーレムは非生命体だ。生き物のように血液を流す心臓はない。


 が、機械と同じように、体を動かすために必要な核がある。


 言わばそれを心臓に例えよう。その心臓を守るために、痛みもないのに俺の攻撃を回避した。


 核さえ無事なら、切られた腕も即座にくっ付けられるからだ。


 それすなわち、俺の攻撃しようとした軌道上に活動に必要な核があるっていう証拠。


 ゴーレムは個体ごとに核の位置が違う。だから適当に切り裂いてみたが、初っ端から当たりを引いたらしい。


 恐らく核の位置は首の下。胸骨の中心にあると思われる。


 心臓よりやや上。鎖骨のほんの少し下か、その間くらい。


 にやりと笑みを浮かべて、もう一度剣を握る。


 ゴーレムは即座に腕をくっ付けて再生を図るが、それが完了するより先に俺の刃が敵の心臓を切り裂く。


 一歩、前に踏み出して剣を振ればいい。それでだけで終わる話だ。


 今回のゲートは攻略難易度が低くて助かった。


 そう思いながら一歩、前に進む。


 進んだタイミングで、視界に人影を捉えた。




「ッ————!?」


 人だ。二人の女性がゴーレムのそばにいた。建物から出てきているあたり、逃げ遅れた人だとわかる。


 まずい。


 かなりまずい。ゴーレムを攻撃してる場合じゃない。


 ゴーレムがその女性たちに気付くのと同時に、剣を消して地面を蹴った。


 慌てて女性たちのもとへ向かう。


 すでにゴーレムは足を上げて女性たちを踏み潰そうとしていた。


 その間に入り、大量の魔力を練りあげて盾を広げる。


 ——音が消えた。


 ゴーレムの足が俺の展開する盾に触れると、衝撃も音もなにもしない。


 ただ、ゴーレムが盾を踏んでいる光景しか見えない。


 後ろを振り向くと、びくびくと腰を落とした女性ふたりの顔が見える。


 二人とも両腕で自分の体を守るようにしているが、その隙間から空を見上げた。


 空には、小さな盾でゴーレムのストンピングを防いでいる光景が映ったことだろう。


 どう見ても防げるサイズじゃない。


 だが、発生したすべての衝撃はその盾が吸収した。


 俺の展開した盾には、尋常ないくらいの魔力が込められている。


 そして俺の魔力の特性には、がある。


 ゆえに、盾を伝って衝撃が地面を砕くこともなかった。音すら吸収され、不自然な状況が出来上がる。


「無事ですか」


 一応、声をかけてみた。


 二人とも、俺の騎士姿にびくりと肩を震わせたあと、こちらが人間とわかるや否や、こくこくと激しく首を縦に振る。


「よかった。すぐに逃げてください。近くにモンスターはいないと思うので」


「は、はい! ありがとうございます!」


 二人とも俺の言葉を聞いて慌ててその場から走り出す。


 そろそろ東雲さんが戻ってくるだろうから、途中で彼女に拾われるはずだ。


 二人の背中が見えなくなるまで見送って、周囲に人の気配がないことを確認してから、——ゴーレムの足を切り裂いた。




「いつまで踏んでんだ、この野郎」


 バランスを崩してゴーレムが倒れる。


 地面も建物も巻き込んで豪快に沈んだ。まだ近くに生存者がいたら確実に巻き込んでいるが、俺は聖人君子でも完璧超人でもない。


 犠牲をゼロで抑えることはできないし、いちいち時間をかけて探してる暇もない。


 そのあいだにも多くの人が犠牲になるのだ。さっさと倒して片をつける。


 次はガードされないように、相手の視界外から剣を振った。


 伸びた剣身が、ゴーレムの股から頭部までを綺麗に切断する。




 ゴーレムは動かなくなった。核からの魔力供給もなくし、感覚や命令すらも消えた。


 再生能力も停止すると、しばらくしてバチバチ音を立てていたゲートが、開いた穴を徐々に閉ざしていく。


 それはゲートの崩壊を意味していた。あのまま元の異世界へ戻るか、完全に消滅するのか。


 ゲートの最後はだれも知らない情報だ。天国や地獄はあるの? 見てきて、と頼むようなもの。


 仮説を立てるだけナンセンスだ。


 そしてしばらくして、見上げるほどのゲートが意外なほどあっさりと——穴を閉じた。


 最後に小さな閃光を見せると、花火のように虚空へ消え去った。


———————————————————————

あとがき。


本作にも関係する話を近況ノートに書きました。

よかったら確認のほどよろしくお願いします!

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