第16話 黒騎士、緊張する
前に一度、新宿ダンジョン中層で助けた有名ダンジョン配信者、東雲千。
千と書いて〝ユキ〟と読むと聞いた時は、「珍しい名前だなぁ」と思ったが、よくよく考えたら俺の名前もそれなりに珍しかった。
それはともかく、そんな珍しい名前を持ち、たまたまダンジョンで救われた彼女とまたしても新宿ダンジョンで顔を合わせる。
今度はダンジョンの外だったが、それより何より、彼女はとても笑えない冗談を発した。
「私と、デートしてください!」
「…………はい?」
この子はちょっと、なにを言ってるんだ?
あまりにも突拍子のない言葉に、思わず俺の思考は止まった。
ほんの十秒ほど待って、ハッと意識を取り戻す。
意識を取り戻すと、しかし、再び彼女の言ってる言葉の意味が理解できなかった。
冷や汗を垂らしながらも訊ねる。
「で、デート? だれと、だれが?」
「明墨さんと、私が」
ご丁寧に人差し指で俺と自分のことを交互に指し示す。
間違いなく、異性からの初めてのお誘いだ。
人気が出てバズった際に学校で話しかけてくる女子生徒の数が尋常じゃないくらい増えたが、あれはカウントされないだろ。
俺のファンっていうか、もはやただのミーハーだ。有名人と知り合いになっちゃった、きゃっ! とか考えてるだけに違いない(偏見)。
ゆえに、彼女から伝わってくる温かな好意……否、優しさにたまらず赤面する。
恐らく、東雲さんは前回のダンジョンでのことを思っての恩返しだろう。
俺は彼女の命を救った。それはとても大きな貸しだ。
個人的には偶然の産物であるからして、お礼なんて求めたわけじゃないが、彼女からの厚意を無碍にするのも失礼にあたる。
決して俺が、「美少女にデートに誘われたぜひゃっほーい!」と喜んでいるわけではない。
嘘である。
心の底から喜んでいる。これまでうだつの上がらなかった俺が、日本でもトップクラスに可愛い女の子にデートに誘われてる。
一瞬、夢かと思った。いや、時間が経ったいまでも夢だと思ってる。
「と、とりあえず詳しい話は、どこかお茶を飲める場所でしませんか? ここで決めるのも風情に欠けますし……」
現在位置、新宿ダンジョン入り口。
階段の底から冷たい空気を感じる。まるで墓場で彼女から告白されているみたいで嫌だ。
もっと都会らしい、いかすカフェとかゲーセンで聞きたかった。
「そ、それってつまり……前向きに考えているってことですよね?」
「まあ、はい。そうですね。俺もダンジョンで助けたお礼とはいえ、東雲さんみたいな綺麗な人とデートできるのは嬉しいですから……」
社交辞令三割、本音七割で話す。
すると彼女は、顔をわずかに朱色に変えて視線を逸らした。
恥ずかしがっているように見える。気のせいだろうが。
「美少女……美少女! ありがとうございます、明墨さん。では、近くにいいカフェがあるのでそちらに移動しましょう」
「わかりました。案内をお願いします」
東雲さんの案内により、俺の要望に適うオシャレなカフェへ案内してもらう。
ダンジョンには潜れなかったが、今日は実にツイてる日だ。
▼△▼
東雲さんが前に来たことのあるオシャレなカフェに入る。
雰囲気はどことなくレトロだ。
あまり人気がないのか、今日は珍しく空いてるのか、店内に人の姿はほとんどなかった。逆に会話しやすくて助かる。
「いらっしゃいませ。お客様は何名でしょうか」
「二名です。奥の席をお願いします」
「畏まりました」
店員の男性に慣れた様子で要求を告げると、営業スマイルを作った従業員に奥の席に案内される。
一番奥に俺が座り、入り口側に東雲さんが腰を下ろした。
俺がコーヒーを。東雲さんは紅茶を頼んだ。
「そう言えばよかったんですか、お茶を飲みにきて。ここまで案内しておいてなんですが、ダンジョンに潜ろうとしてたのでは?」
注文を終えるなり、東雲さんが訊ねる。
俺は首を横に振って笑った。
「暇だったからダンジョンに潜ろうとしていただけですよ。知り合いとお茶を飲むほうが優先されます」
「そ、それは……ありがとうございます。嬉しいですね」
「いえいえ。むしろ気を使わせてごめんなさい。デートだなんて。俺が助けたばっかりに」
「……え? 気を使う? そう言えばさっきも同じようなことを……」
なぜか首を傾げる東雲さん。
もしかして俺の予想は間違っていたのだろうか?
「あれ? 違いましたか? てっきり、今回、東雲さんが俺をデートに誘ってくれたのはダンジョンで助けたお礼かと思ってました。なにか、他に理由でも?」
「あ、いえ! そうです! なるほどその通りです!」
「なるほど?」
「なんでもありません!」
東雲さんは強く否定するが、顔がわずかに赤かった。
お礼の件がバレて少しだけ恥ずかしいのかな? 俺としたことが、女性からの厚意を口にするとは失礼だったね。
失敗失敗、と内心で反省する。
少しして、従業員の男性が飲み物を運んできた。
湯気ののぼるコーヒーを一口含む。独特の苦味と酸味、コーヒーの一番の長所である香りが、俺の口内をスムーズに駆け巡る。勢いは食道を通って胃袋に運ばれてもなお止まらない。
かすかに残る後味が、美味しいんだかまずいんだかよく判らなくさせる。
子供の頃は苦手だったのに、成長するとこの苦味が癖になるな。
少しは大人になったってことだ。女性からデートの申し込みを受けたくらいでビビるような
実は内心で、まだ震えていた。デートってどうしたらいいんだろう、と。
「……それで、デートの件ですが」
「は、はい! お金はすべて払います!」
「え? いや、そこまでは流石に……」
美少女とデートできるだけでもヤバいのに、その上、彼女に奢らせる?
むしろ金を出したいくらいだが?
……いやそういうお店とかじゃなくてね。怪しさ皆無だよ。ほんとほんと。
「払わせてください。ダンジョンで命を助けてもらったほんのお礼ですから」
「う、うーん……解りました」
何度もお礼と言われると、断るのが難しい。
なんせ相手の言葉は百パーセント善意だ。それを断るほうが悪意を感じる。
『男のプライドが~』なんて言ってる状況でもない。そんなくだらないプライド、今どき誇示するほうが格好悪いしね。
「ありがとうございます! すみません、お礼を返すと言っておきながら無理ばかり言って」
「いえいえ。東雲さんとデートできるのは素直に嬉しいですから気にしないでください。それより、デート楽しみにしてますね」
「う、嬉しいっ!? 楽しみ!? は、はいぃ……が、頑張ります!」
なぜかやる気に満ちた返事を返す東雲さん。瞳の中に燃え盛るような炎が見えた。
「そんなに張り切らないでくださいね。単なるお礼なんですか——」
言い終える前に、遠くから叫び声が聞こえた。
店内にいるのに、わりと鮮明に。
「きゃああああああぁぁぁ————!」
「げ、ゲートが開いたぞ————!」
外から聞こえてきたその声に、俺も東雲さんも同時に席を立った。
「「なっ!? ゲート!?」」
台詞まで完璧に重なる。
外を見ると、道路の奥からたくさんの人たちが慌てて走っている姿が見えた。
その奥から、大きな爆発音が響く——。
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