第15話 黒騎士、デートに誘われる

「あ、アイツ……! あの野郎……!!」


 ぷるぷると震えているのは、ギルド〝天照〟に所属する幹部のひとり。


 彼は、たまたま外に出て食事をしようと思っていた。


 すると、これまた偶然、ギルドマスターが乗る車を見つける。


 ダンジョンのほうへと曲がったのを確認し、なにか用事があるのかと思ってその後を追うと、そこで信じられないものを見た。


 それは、ギルドマスター紅神楽と仲良く肩を組む明墨庵の姿だった。


 ギルドマスターを深く敬愛する彼にとって、明らかに贔屓されているその光景は、到底、容認しがたいものだった。


 仲良く車に乗って、二人だけでどこかへ消える。


 それを見送って、血管がぶち切れそうなほどの憎悪を抱く。


「ふざけるな……ふざるなぁ!!」


 地面をおもいきり踏みつける。


 何度も何度も地団駄を踏み、内側から湧き上がる怒りを発散した。


 前にスマホを踏み砕いた時と同じだ。彼はストレスが限界値を超えると、とにかく何かを踏まずにはいられなかった。


 わりと一番わかりやすいストレス発散方法だ。


「なんであんな奴が、ギルドマスターにあんなに可愛がられるんだ! 俺のほうが、もっともっとギルドに貢献してるし強いのに!!」


 彼はギルドマスターに憧れて幹部へ至った。


 戦闘方法もギルドマスターを参考にし、ひたすら同じ適性だった赤魔法を極めた。


 それでも、ポッと出の新人に負ける。


 認められない、認められないと心の炎はその形を歪に変化させ、憎悪はやがて殺意に塗り変わる。


「絶対に後悔させてやる……必ず、あの低脳な男の無様な姿を、ギルドマスターに見せてやる!」


 そうすれば彼女も目が覚めるだろう。


 本当に優遇すべきは誰なのか、自ずとハッキリするはずだ。


 ギルドメンバーとしての矜持? そんなもの今の彼には関係ない。


 自分が認められたい。自分だけが認められたい。彼女の隣に立つ資格があるのは自分だけだと決めつけ、それ以外の人間は認めない。


 たとえ自分より優秀な人間だったとしても、それすら蹴落として自分が上に立つ。


 そのためには手段など考えていられなかった。


 ポケットからスマホを取り出すと、軽快にアプリを起動して通話をかける。


 電話のコール音が鳴り、数秒後に友人の声が聞こえた。




 男は計画を立てる。


 複雑な計画ではない。ただ、あの生意気な新人をボコボコにできればそれでよかった。


 そしてそれだけなら、そう難しい話でもない。


 邪悪な笑みを浮かべて、必要な人員を集めるのだった。




 ▼△▼




 ギルド〝天照〟のギルドマスター、紅神楽さんとの食事が終わり翌日。


 昨日はわりと濃厚な一日だった。


 白魔法配信を行い、案の定、視聴者にボコボコにされ、フロアボスと戦っているパーティーを助け、地上に戻ったらギルドマスターとの食事。


 しかもあの人、ものすごい食べるんだぜ?


 常人の十倍を超えたあたりで見てるこっちが吐きそうになった。


 彼女の奢りだったからよかったが、彼女と付き合う男性はきっと食費がたいへんな額になるだろう。


 まあ、本人がとんでもないくらいの金を稼いでいるので問題はないと思うけど。




「さて……今日はなにをするかな」


 昨日、白魔法配信自体はおこなった。連続してやるのも芸がないし、視聴者たちもすぐに飽きるだろう。


 かと言って他に趣味はない。魔力操作などの訓練も日課としてしっかりこなしている。


 そうなると、金集めにダンジョンでも攻略するかな?


 一応、なにもしなくても天照ギルドから金は出る。問題なく生活できるくらいには。


 けどまあ、


「やっぱり冒険かな」


 俺も一応は駆け出しとはいえ冒険者だ。


 冒険者の本分は冒険することにある。たまには奥へ進み、未知のものを見たいと思ってもしょうがない。


 そうと決まれば準備は早かった。着替え、ライセンスを手に外へ出る。


 装備や予備の服、サイフや飲食物まですべて、紅さんから貰ったアイテムボックスの中にある。


 ほとんど手ぶらの状態で電車に乗ると、まっすぐ新宿ダンジョンのそばまで向かった。




 ▼△▼




 入り組んだ駅を出て通りを歩く。


 いくつかの角を曲がると、やがて装備を身にまとった冒険者たちの姿が目につく。


 談笑する彼ら彼女らを横目に、いまでは誰も使っていないビルの下、ぽっかり空いた穴のそばに近付く。


 ここが新宿ダンジョン。ダンジョンはどこに発生するかわからない。


 人の家の庭に発生するケースもあるらしい。


「今日は中層まで一気に行ってみるか」


 下層、とまではいかないが、中層のフロアボスくらいは見ておきたい。


 そう思って一歩踏み出すと、直後に後ろから声をかけられた。




「——あ、あの! すみません!」


「はい?」


 動きを止めて振り返る。


 俺の後ろにいたのは、サングラスにマスク、それに帽子を被った不審者だ。


 体つきから女性であるのはわかるが、見るからに怪しい。怪しいが具現化した姿なのは間違いない。


 やや距離を離して問う。


「な、なんですか? キャッチと勧誘には引っかからないほうがいいってお爺ちゃんに言われました」


「キャッチでもセールスでも宗教勧誘でもありません! 私ですよ、東雲千!」


東雲しののめ……ゆき?」


 その名前、どこかで……って、つい最近ダンジョン内で助けた有名配信者じゃん。


 連絡先まで交換したのにド忘れていた。


「ま、まさか……私のこと忘れてました? いま、言葉に疑問符付いてましたよね!?」


「HAHAHA、気のせい気のせい。東雲さんほどの美少女、そうそう忘れませんよ」


 ウソですごめんなさい。ガチで忘れてました。でも雰囲気で誤魔化す。


「本当ですか? とてもウソ臭いです」


「ほんとほんと。それより、俺はダンジョンに潜るのでまた今度——」


 これ以上彼女と話してると、うっかりボロが出かねない。


 慌ててダンジョンの底へ繋がる階段を下りようとすると、踏み出すより先に腕を掴まれた。


「待ってください」


「な、なんですか?」


「私、実はずっと明墨さんのことを探していたんです」


「なぜ……?」


 連絡すればよかったのでは?


「その……アプリでチャットを送ろうと思ったら、顔が見えない分、緊張しちゃって……だから、もう一度あのときと同じダンジョンのそばで待ってたら会えるかな、と」


「は、はぁ」




 こえぇよ! 発想がストーカーのそれだよ!


 一体どんな用件があって、わざわざダンジョンに張り込んでいたんだ?


「用件は?」


「ッ……えっと……」


 急にもじもじし始める東雲千。


 美少女だから実に可愛らしい仕草だ。彼女が有名配信者でも、ダンジョンに張り込むようなプチストーカータイプでもなければ萌えてた。


 しかし、このあと、彼女はとんでもない発言をする。


「わ、わわ、わ……」


「わ?」


「私と……私と……!」


 大きく息を吸って、ハッキリと彼女は言った。




「私と、デートしてください!」


「…………はい?」


 この子はちょっと、なにを言ってるんだ?

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