第14話 黒騎士、感謝する

 たまたまダンジョンに潜り、フロアボスに挑んでいた冒険者パーティーと一緒に地上へ戻る。


 彼らは、俺に助けられたことを何度も感謝し、やたら親切に接してくれた。


 孫に会ったお爺ちゃんやお婆ちゃんのごとく、持っていたお菓子や飲み物を渡してくる。


 気付いたら俺の両手には零れそうなほどの飲食物が抱えられていた。


 それを紅さんから貰った〝アイテムボックス〟なる道具の中へ入れる。


 このアイテムボックスは、ダンジョン内で見つかる非常に珍しい〝魔法道具マジックアイテム〟だ。


 魔法道具とは、魔力を消費することで秘められた能力が発動する特別な道具のこと。


 基本的に魔法道具は、戦闘に向いた武具系のものが多く、アイテムボックスのような日常でも使えるタイプのものは少ないらしい。


 そしてアイテムボックスが秘める能力は、〝収納〟。


 無機物であればなんでも袋の中に入れられる。出すのも自由で、袋の中は時間の概念が存在しない特別な空間が広がっているらしい。


 ただの推測に過ぎないが、実際、食べ物を一年ばかし放置してもなんの影響もなかったとか。


 これを俺は、ドローンを購入した際に紅さんから貰った。


 曰く、「ドローンの持ち運びも楽になるよ。ギルドに入ってくれたお礼!」だってさ。


 普通に購入しようとしたら、ドローンの何倍、何十倍も高いのに凄いよね。


 もう太っ腹すぎて足を向けて寝られない。




 ……とまあ、そんな風にアイテムボックスがあるから、なんとか貰い物を無駄にせずに済みそうだ。


 チェックは家に帰ってから行おう。


 そう思っていると、ようやく地上へ繋がる出口が見えてきた。


 途端に周りの冒険者たちから歓声が上がる。


「やっと出口だ————!」


「家に帰れるぞ————!」


「やった————!」


 だれもが喜びの表情を浮かべて、急いで外へ出る。


 視界に広がった外の景色を仰ぎ見て、次々とその場に尻餅をつく。


 どうしたのかと俺は首を傾げた。


「皆さん大丈夫ですか?」


「ええ、平気ですよ。いきなりすみません。あいつら、ホッとしたみたいで」


「ああ、なるほど……」


 そういうことなら気持ちは解る。


 ダンジョン産のモンスターは地上にはほとんど出てこない。


 冒険者が間引いているっていうのもあるが、なぜか地上をあまり目指そうとはしないのだ。


 理由は解らないが、それはつまり、地上までいければ安全ってこと。


 目の前にゲートでも開かないかぎり、心の底からホッとする気持ちは理解できた。


「それじゃあ俺はこれで。もう地上に出たので、護衛の必要はありませんよね?」


「はい。ここまでありがとうございました。正式な感謝のお礼は後日に」


「わかりました。期待してますね」


 それだけ言ってお互いに頭を下げてから踵を返す。


 俺は自宅へ。残った彼らは、恐らく食事にでも行くのだろう。


 今日のことを酒の肴にして楽しむに違いない。




 すっかり歩き慣れたアスファルトを踏みしめる。


 今日はだれかを救えたからか、配信が終わったからか、気分がとてもよかった。


 なにか贅沢でも楽しもうかと思いながら歩いていると、帰りの途中、俺の前にひとつの影が現れる。


 影は人間の形だった。


 腰まで伸びた美しい朱色の髪。わずかに波打つその髪と、意思の強さを示す同色の瞳を見て、相手がだれかすぐに解った。


 さすがにびっくりする。


「ぎ、ギルドマスター?」


 彼女は、紅神楽。


 俺が所属することになったギルド〝天照〟のギルドマスターだ。


 どうしてここに?


「やっほ~、庵。配信見たよ。他の冒険者をカッコよく助けてたね」


「……見ないでくださいよ、恥ずかしい」


「なになに~? 思春期かこの野郎。まあそんなことはどうでもいいの。あたしがここに来たのは、大活躍した庵にメシでも奢ってあげようかと思ってね」


「ご飯ですか?」


「うんうん。庵のおかげでウチの評判まで上がった。今日はかなりの大活躍だったし、特別に奢り! 肉食うぞ肉!」


「おわっ!?」


 言い終えるなり、紅さんは俺の肩に腕を回して無理やり歩かせる。


 距離が一気に近くなって恥ずかしい。女性特有のいい匂いもするし、なにより肩を組んでるせいで胸が……。


「——あ、そうだ。庵には聞きたいことあったんだ」


「き、聞きたいこと?」


 わずかに上ずる声。


 別にやましいことは期待していない。緊張してるだけだ。


「そ、聞きたいこと。なんであんな適性ないのに白魔法なんて練習してんの? 馬鹿にもされてるし」


「それは……」


 急激に頭に上った血が下りる。


 彼女が言いたいことは理解した。動画を見ていたなら、白魔法うんぬんの話も知ってると思われる。


 その上で、視聴者たちにはまだ言ってない、俺の原点を話すことにした。




「実は、単なる憧れです」


「憧れ?」


「はい。一年年前に見た、白騎士と呼ばれた人に憧れて、彼女のような誰かに感謝される尊い冒険者になりたいと思いました」


「白騎士……ってあの人か。なるほどねぇ……それで白魔法を練習して治癒魔法でも覚えようと?」


「まあ、はい」


「ぷはっ!」


 ギルドマスターが吹き出す。腹を抱えて爆笑していた。


「ま、まさか……! 憧れの人物を追いかけて同じ魔法を習得しようとするなんて……! あははは! 庵、あなた面白いわね! ぜんぜん適性ないのによくやるわぁ」


 バシンバシン、と背中を叩かれる。わりと痛い。


「でもそういう馬鹿があたしは好きだなぁ。自分の人生なんだから、だれに何を言われても続ければいいのよ。本人がそれを望んでいるなら、犯罪でもしないかぎりは誰にも止める権利はない。でしょ?」


「紅さんは話がわかる人ですね。俺のダンジョン配信も手伝ってくれるし」


「そりゃあもちろん手伝うわよ。庵のおかげで得をするのはあたしたちも一緒だし」


 けらけらと笑ってまた肩を組み直す。


「ま、そういうことなら頑張りなさい。上達するとか極められるとかそういうのは置いといて、がむしゃらに努力した先には、努力した人にしか見えないものがある。あなたが何かを掴むのを楽しみにしてるわ」


「……ありがとうございます、ギルドマスター」


 この人はいい人だな。


 最初は大雑把でマイペースな人かと思っていたが、人情に厚く優しい人だ。


 利益があるからと言ってくれるが、わざわざ大金をかけてまで俺の活動を手伝ってくれる。


 正直、〝天照〟に入ってよかったと思った。


「いいのいいの。それよりぱあーっと食べるわよ~。あたし、これでも凄い食べるから」


「テレビで聞いたことあります」


「マジで!?」


 二人仲良く、肩を組んで彼女の行きつけの店を目指す。


 今日はちょっぴり、ギルドマスターと仲良くなれたような気がした。











「紅さん、どれだけ食べるんですか……もう店の在庫が無くなるそうですけど」


「もぐもぐもぐもぐ……ごくん! えぇ? それほんと? なら別の店に行きましょ。今日は気分がいいからまだまだいけるわ!」


「調子がいいと食べる量が増えるのか……」

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