第68話 相反する気持ち
「……こうして顔を合わせるのは久しぶりになるかしら」
倒れた老人を見下ろしてシロが口を開く。
老人もまたシロのことを見上げた。
「チッ! まさか貴様を殺すのにここまで苦労するとはな……この裏切り者めが!」
「私は裏切っていない。あなた達が闇の君主を裏切ったんでしょ」
「裏切りだと? 我々がどんな想いであの方を切り捨てたと思っている! 仕方がなかったのだ! あのままでは多くの犠牲が生まれ、我らは滅ぼされていた! それともなんだ? 貴様は君主と共に滅ぶ道を選ぶべきだったとでも言うのか!?」
「当たり前じゃない! 私たちは君主の部下なのよ!? 王を差し出すなんて臣下のすることじゃない!」
シロが怒りの感情を剥き出しにする。
しかし、老人は喉を震わせて笑った。
「くくく! お前は何もわかっていない。王たる者は下の者たちを助ける義務がある。ひとりでも生き延びれば我々の意思は潰えないのだ! それを貴様は……!」
二人の話は平行線だった。
どちらも自らの主張を取り消そうとはしない。
「……それで、シロはどうしたいの? コイツを生かして尋問するか、殺して終わらせるか」
「個人的にはさっさと殺してほしいところだけど、情報を得ないといけない。だから、イオリには悪いけど……」
「そうだね。今のシロじゃコイツの防御力を突破できない。やれるとしたら僕か」
覚悟はしていた。
モンスターの一種だと思えばそこまで抵抗感もない。
ゆっくりと魔剣グラムを下ろし、老人の体に近付ける。
この剣は小さなブラックホールのようなものだ。
触れただけであらゆるものを吸収・崩壊させる。
その威力は男も先ほど体験したばかりだろう。
剣が近付くと途端に老人の表情が曇る。
しかし、
「くっ! 舐めるなよ、猿が! 私は何も話さない。私の忠誠心がそこの女より低いということはないのだ!」
「だとしたら、あなたはあの男を殺すべきだった」
「それはエゴだ。必要なのだよ、あの男は。新たな国の君主として」
「だから私はあの地を去った。あなたたちの計画を妨害するために」
「その果てが今の貴様だ。残念だったな! その状態では何もできまい」
「いずれ必ず力は取り戻す。そしたらあの男を真っ先に殺すわ」
「できるのか? 今のあやつは……貴様が敬愛する闇の君主そのものだぞ?」
にやける老人にシロが鬼のような形相を向ける。
低い声が出た。
「一緒にするな! あいつはただの……薄汚い裏切り者だ!」
「くくく……ならば精々頑張ることだな。お前がどのような道に進むのか、どのような絶望を味わうのか……私はあの世で見守ってるとするさ」
老人はそう言うと、勢いよく起き上がった。
「ッ!?」
コイツ!
僕の反応が間に合わない。
老人はそのまま真っ直ぐに魔剣グラムに突き刺さった。
自分から魔剣グラムに突き刺さりにきたのだ。
その能力により、肉体が吸収・崩壊を起こす。
「ぐあああああ!」
慌てて魔剣グラムを解除するが、その時にはすでに致命傷を受けていた。
心臓部分をごっそりと削られ、老人が力なく倒れる。
「はぁ……あぁ……」
もはや虫の息だった。
俺の白魔法では治療できない。
「ふ、ふふ……待っている、ぞ……地獄で、な」
そのまま男は息を引き取る。
呼吸が止まり、魔力の流れも消える。
体が動くことはなく、瞳から生気も消えた。
「……悪い、シロ。殺しちゃった」
「ううん。イオリは悪くない。私が余計なことを言ったせいで休む時間を与えちゃったの。むしろごめんなさい」
「じゃあ両方悪いってことで終わりだ。やっちゃったものはしょうがない。切り替えよう」
今はシロが守れたことを喜ぶ。
向こうの世界の事情はまったくわからないが、少なくともシロを守ることで何かしらの意味があるのはわかった。
素直に敵の望みを叶えさせはしない。
魔力を解除して闇を消す。
周囲は瓦礫の山と化していた。
「それにしても……あのおっさん、ずいぶんと壊してくれたもんだな」
近所にあるスーパーがめちゃくちゃだ。
割と品揃えがよくて気に入ってたのに、しばらくは営業停止だな。
「どうするの、イオリ。とりあえず帰る?」
「そうしたいのは山々だが、たぶん、事情聴取されるからその後で食材を買って——」
言葉は途中で止まった。
目の前にゲートが開く。
ぴくりと体が無意識に反応した。
シロを守るように前に出る。
すると、ゲートから二人の男女が姿を見せた。
よく似ている顔の人型モンスターだ。
きょろきょろと周囲を見渡したあとで、地面に倒れている老人のほうへ視線が移る。
「あら? あのお爺ちゃん倒されちゃってるじゃない」
「ほんとだ。あの男かな? 相当強いね」
「……のようね。無傷みたいだし、この世界でもトップクラスの実力者かしら」
「面倒だなぁ……もう少し早く来れればよかったのに」
「しょうがないわ。それより、あの男の後ろにいるのが例の女よ。殺しましょう」
「了解。頑張ろうね、姉さん!」
突然現れた謎の双子の人型モンスター。
一通り話が終わると、勢いよく地面を蹴ってこちらに迫った。
———————————
あとがき。
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