第82話 黒騎士、調査する
夜。
賑やかだった京都の町並みも、0時を回ってから急に静寂が満ちた。
まさに人っ子ひとりいない状況……でもないが、朝や昼、夕方に比べれば格段と静かになった。
そんな夜の下。僕とシロ、それに紅さんと剣さん。最後に、部下を引き連れた花之宮さんたちが真っ直ぐに近くの神社へと集まった。
俺の正面奥、建物の前には、巨大なゲートが開いている。
周囲は完全に封鎖されていた。神社も人は誰もいないのか、明かりひとつ点いていない。代わりに、周りを囲む人工灯がゲート周辺を照らしていた。
「あれが……京都のS級ゲート〝失楽園〟ですか」
「はい。出てくるモンスターがおどろおどろしい事から、失楽園と名付けられました。しかし、もしかするとゲートの中は単なる楽園である可能性も……」
「中には入ったことないんですね」
「藪を突いて蛇や鬼が出てきたら困りますからね。大人しい間はずっと見張るだけに留めました」
「英断ね。余計な真似してこじれたら、今ごろ京都も千葉県みたいになってた可能性があるし」
紅さんが一歩前に出てからそう言った。
彼女の瞳がゲートを睨む。
「それで……モンスターが出てくるのはどれくらいなの?」
「だいたい、普段は夜中の2時頃ですね」
「じゃあまだ時間に余裕があるわね……適当に時間でも潰しましょうか」
紅さんは欠伸を噛み殺すと、懐からスマホを取り出して画面をタップする。
俺はシロへ話しかけた。
「シロはどうかな? あのゲートを見てなにか気になることは?」
「……ん。実は、少しだけ気になることがある」
「あるんだ。それってどんなこと?」
「……あのゲートから……懐かしい気配がするの」
「え? そ、それって……」
「——闇の君主、じゃないだろうね」
俺たちの会話に割って入ってきたのは、ひと振りの刀を持った剣さん。
じっとシロと剣さんが見つめ合う。
「正解。あのゲートからは君主の気配を感じる」
「では……ゲートの中には君主がいると?」
剣さんの問いに、しかしシロは首を横に振った。
「それはない。君主が来ていたらさすがに気配でわかる。こんな微弱な気配じゃ済まない」
「なるほど……それは僥倖だ。いきなり敵の総大将とことを構えるのは危険だからね。おまけに、今は戦力も十分ではない」
「でも、敵はなんでもっと積極的に攻めてこないのかしら? 人型モンスターであれだけ強いなら、君主が一斉に攻めてきたらかなりめんどくない?」
紅さんの意見に俺も同意する。
相手は様子見が多く、肝心の君主が現れない。将棋で言う王将ではないのだから、一番強い君主が攻めてくればいいのに。
何か、攻めてこれない問題でもあるのかな?
「たぶん、向こうでも何かある。その対応に……追われてる?」
「たぶん?」
「うん。私もよくわかんない。けど、みんなが言うように、君主がこれまで一度も攻めたことがないのは不思議。彼らだって早くこっちの世界を征服したいはずなのに」
「ってことは……やっぱり何か理由があるのかな。攻め込めない理由が」
異世界で何が起こっているのか。
ゲートの向こう側を知らない俺たちには、それを確かめる術はなかった。
「まあ、今はその話は置いておきましょう。ゲートの中にいるのが君主と呼ばれる存在ではない——それだけわかれば十分です」
パンパン、と手を叩いて花之宮さんが話をまとめる。
一度、俺たちは休憩だ。まだ何もしていないが、敵がこないのではやりようがない。
深夜2時まで適当に雑談をしながら過ごす。
▼△▼
夜がさらにふけた。
そろそろ2時だ。全員がゲートの前に集まる。
「これで来なかったら最悪ね。肌が荒れちゃうわ」
「お許しください。わたくしも荒れてますので」
「ピチピチじゃない! ムカつくぅ」
「化粧ですよ、紅さん」
二人が空気を破壊したことで緊張が緩む。
これはこれでいいのかな。気負いすぎるのはダメだって紅さんもよく言ってるし。
そんなことを考えていると、不意に、
「——ッ」
バチバチバチッ! とゲートが帯電する。
これはゲートが開くときと、ゲートからモンスターが現れるときに起こる現象だ。
すでにゲートは開いている。であれば……。
「モンスターが出てきます。総員、戦闘準備」
花之宮さんが指示を出し、俺たちは武器を構えた。
すぐにゲートから複数の人型モンスターが現れる。
話に聞いていた——動画で見た通りのゾンビみたいなモンスターが姿を見せた。
「近くで見るとよりキモいわね」
炎を放出する紅さんが、早速、呻きながら歩いてくるモンスターに攻撃を仕掛ける。
炎が放たれ、モンスターを包んだ。モンスターはあっけなく倒れる。
……あれ? そんなに強くない?
「あれは……」
「シロ?」
俺の隣で、シロが恐怖の込められた声を呟く。
続いて、彼女はたしかに言った。ハッキリと。
「やっぱり……あのモンスターたちからは……闇の君主の魔力を感じる」
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