第86話 黒騎士、仲間を守る

 ぱらぱら、と木の屑が宙を舞う。


 かつて神社と呼ばれていた場所が、紅さんの一撃で無残にも崩壊した。


 それを見た花之宮さんが、思わず苦言を呈する。


「紅さん……神社を壊さないでください」


「なに言ってるのよ。アイツらが勝手に攻めてきたんじゃない。アイツらのせいよ」


「とんでも理論……でもないのが紅さんのすごいところだ」


 たしかに、と思わせる理由が彼らにはあった。


 でも、殴り飛ばしたのは紅さんだし、やっぱり紅さんにも原因が……。


 そう思っていると、じろりと紅さんに睨まれる。余計なことは言うまい。


「——ハハ。まさかこのような世界に、魔力をここまで使いこなす生き物がいるとは……情報に聞いていましたが、想像以上に強いですねぇ!」


 紅さんに殴られた男は、崩れた建物を吹き飛ばして立ち上がる。


 隣で花之宮さんが、


「あぁ……古きよき建物が……」


 と嘆いていた。しかし、侵略者である人型モンスターには関係ない。


 体に付いた屑を叩き落として、


「ですが、もしや今のが全力ではありますまい?」


 と露骨に紅さんを挑発する。


 当然、紅さんは、


「ハッ! 当たり前じゃない。手加減も超手加減よ! もっともっと痛い目に遭わせてあげるから感謝しなさい」


 挑発に乗り、獰猛な笑みを浮かべる。


「おっと。怖い怖い。では、小生のほうも少しは本気を出すとしましょう。そこの黒き魔法使いよ……精々、小生の魔法を打ち消してみるといい」


 そう言って、男は風と闇を組み合わせた魔法を発動する。


 周囲に暴風が現れた。


 風が地面を抉り、風圧が俺たちを吹き飛ばそうとしてくる。


「くっ! 範囲攻撃か!」


「正解です。さあさあ! 規模の大きな攻撃に対して、あなた方はどう対処しますか!?」


「まとめて燃やしてあげるわよ!」


 紅さんの魔力が一気に跳ね上がる。


 体から大量の炎を噴出すると、ぐるぐる回転する黒い竜巻へ向かって、


竜の咆哮ドラゴンブレス!!」


 炎を放出する。


 世界が一瞬だけ赤く染まったかのような現象が起こり、竜巻とその周辺を熱で満たす。


 男の魔法は俺と同じように、触れた対象を崩壊させる効果があるが、それでも紅さんの魔法は、その攻撃を貫通して暴風を吹き飛ばした。


 今度こそ神社は跡形もなく消し飛ぶ。




「深淵の帳」


 俺は押し寄せる熱波を、魔力を周囲に展開して防いだ。


 このままだと、花之宮さんや剣さん、シロまで彼女の攻撃に呑み込まれてしまう。


「ありがとうございます、明墨さん。おかげで涼しくなりました」


「あの女は相変わらず協調性がない奴だな……」


「それだけ明墨さんのことを信用されているのでは?」


「紅さんが俺を……どうなんでしょうね」


 たしかに信用されているとは思う。


 彼女、たびたび俺が魔法を使っているからって構わず攻撃してくるからなぁ。


「ふむ……たしかに相性はいいな。紅は普通に戦うと周囲への被害が大きすぎる。明墨くんならそれをなんとかできる」


「わたくしとはまた違った防御系の魔法……素敵ですね」


 話している間に炎が消えた。


 攻撃が終わったのだとわかり、魔法を解除する。


 豪快に炎に包まれた人型モンスターは、全身に酷い火傷を負いながらも立ち上がった。


「ぐ、うぅっ……ハハッ! ハハハ! 悪くない。とても面白い攻撃だったよ、人間」


 即座に男が負った傷が回復していく。再生能力だけならこれまで戦ってきた人型モンスターの中でも一番かもしれない。


「だが、まだまだ甘い。精霊化もどうせ完璧にはできないのだろう? それができていれば小生は死んでいる。生きているのが何よりの証拠だ!」


「はぁ? うるさいわねぇ……あたしはその精霊化っていうのがそもそも何かわかってないんだけど?」


「ふふ。そうでしょうとも。この世界にはもともとなかったはずの力ですからねぇ」


 くすくすと全快した人型モンスター。


 上機嫌で話を続けた。


「けれど、名前からしてなんとなくわかるでしょう? 精霊化とはまさに精霊に変化すること」


「でしょうね」


「あなたには才能がある。精霊にもなれるかもしれない」


「あっそ。ならそろそろ死になさい」


 紅さんが攻撃をしようと構えた。


 すると、男は手を突き出してそれを止める。


「まあ待ってください。あなたに面白い提案をします」


「面白い提案?」


「小生の仲間になれ」


「はぁ?」


「小生の仲間になればこの世界を支配することもできる。我が王はあなたのような人材を求めている」


「なんであたしがあんたらの仲間にならないといけないわけ?」


「こちらの王は男性だ。あなたほどの逸材なら妃にだって手が届くだろう」


「……くだらな」


「なに?」


 ぼそりと呟いた紅さんの言葉を、人型モンスターは拾う。その表情に不満げな色が浮かんでいた。


「くだらないって言ったのよ! あたしの道はあたしが決める。勝手に妃とか言って狭めようとしないでくれる?」


 紅さんの全身がさらに大きく燃え上がり、魔力が増した。


「今のあたしは……とりあえずあんたを燃やさないと気がすまないの」


 半精霊化と呼ばれる現象だ。


 大きくなった紅さんが、人型モンスターを見下ろした。




「だから死になさい。この侵略者が!」

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