第87話 新たな君主
「なるほど……愚かな娘だな、人間」
やれやれ、と紅さんの返事を聞いた人型モンスターはため息を吐く。
「こちらの味方にさえなれば殺されずに済んだものを……」
「なんでアンタが勝つこと前提なわけ? 今のところまったくあたしの相手になってないじゃない」
「それは手加減をしているからだ。それに……小生は別にあなたに勝つ必要はない。どうせあなたは勝とうが死ぬだけだ」
「は?」
「誰だろうと、今のあの方には勝てない。あの方こそが……新たな闇の君主なのだ!」
人型モンスターは叫び、魔力を解放する。
黒い風が紅さんの周りを囲み、鋭い刃を縦横無尽に生やして襲い掛かった。
しかし、そんな攻撃で倒される紅さんじゃない。全身から放出された炎が、風を吹き飛ばして対応する。
「新たな……闇の君主?」
俺の後ろで、男の言葉を拾ったシロが驚愕に目を見開く。
「どういうこと? 闇の君主がもう生まれたの?」
「? 普通じゃないの、それって?」
君主っていうのは言わば国を治める王様のことだ。王様が死ねば、その次に後継者が出てくるのが当然だろう。
俺はそう思っていたが、彼女は違うらしい。首を左右に振って否定する。
「ありえない。そう簡単に君主が出てこれるなら、あの世界はとっくの昔にどこかの君主のものになっている。ということは……不完全な君主が玉座に座った?」
「不完全な君主?」
「うん。本来、君主っていうのはかなり平等な立ち位置にいる。闇の君主以外は力が拮抗していた。だからこそ、闇の君主に対抗して戦争をやめたの」
「闇の君主っていうバランスを崩した存在がいるなら、別に新たに強者が出てきても不思議じゃないと思うけど……」
「闇の君主が死んでからまだほとんど時間が経っていない。その上で君主が決まるなんて……まるで、最初から君主を用意してたかのように思える」
「あ、たしかに」
そいつが強いかどうかは置いといて、新たに君主を決めるのはそう簡単ではない。
長子制みたいに跡取りの子供がいれば話は別だが、シロの言動から闇の君主に跡取りはいなかったことがわかる。その上で短期間に君主が変わるなんて……たしかに、最初から考えられていたとしか思えない。
明確な裏切り行為だな。
「くくく。あの方を見れば君も喜ぶと思いますよ? なんせ、今のあの方は……闇の君主にもっとも近い存在だ」
「ありえない!」
珍しくシロが声を張り上げた。怒っているのがわかる。
「ではその時を楽しみにしていなさい。すぐに再会できるでしょうね」
「その前にあんたは殺すけどね!!」
紅さんが果敢に攻撃を繰り返す。
人型モンスターは風を操りながら距離を離して時間を稼ごうとするが、俺の展開した結界に阻まれて十分なスペースが確保できない。
結果、徐々に紅さんの攻撃を受けて劣勢になっていく。
片や紅さんは、どんどん魔力総量を上げて強くなっていった。
思ったより簡単に人型モンスターに勝てそうだ。
「チィッ! 想像以上に厄介な方ですね……まだ魔力が増えるんですか? まるで炎の君主のようですねぇ」
「その炎の君主っていうのは、あたしよりも強いのかしらぁ?」
巨大な拳が人型モンスターを打ち抜く。
地面を何度もバウンドしながら、男は俺の展開した結界にぶつかって倒れた。
「ぐ、うぅ……ええ。強いですよ。あなたとは比べ物にならないほど、ね。小生ごときを殺せないようでは、所詮はこの程度。君主には遠く及ばない!」
「ははっ。だったらさっさと殺してあげるわよ。あたしはスロースターターだからね!」
紅さんを中心に魔力が急激に集まる。まるでエネルギーを溜めているかのように見えた。
「また
「いや……あれは……ッ! 明墨くん! 我々を君の魔力で閉じ込めてくれ!」
「え? あ、はい!」
闇の魔力を使ってその場の全員を閉じ込める。
直後、——凄まじい熱と衝撃が押し寄せた。
闇の魔力をやや貫通して紅さんの魔力を感じる。あらゆる衝撃を吸収し崩壊させるはずが、それですら追いつかないほどの威力だとわかる。
汗をかいた剣さんが、
「まったく……紅のやつ、逆鱗まで使いおって……」
「逆鱗?」
「君はまだ見たことがないんだね。紅の技の中でも特に範囲が広い攻撃だ。あの姿にならないと使えないがな」
「ってまさか……」
「うむ。事件を起こした際に使用された技だ。最高で一キロ範囲は灰になると思ったほうがいい」
な、なんだそのでたらめな技は!?
そりゃあそんな攻撃を街中で使ったら事件にもなるよ。むしろよく被害者が出なかったものだ。ゲートが開いてて住民が全員逃げたからかな?
俺の結界もかなりギリギリだったとだけ言っておく。
熱が消えたので結界を解くと……。
「——なんだこの状況は。実に面白いことになってるじゃあないか」
なぜか、俺の結界内に新たな人型モンスターが増えていた。
黒く、どこまで黒い……。
「な、なんでアイツがここに!?」
一番敵の出現に驚いていたのは……シロだった。
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