第54話 黒騎士、説明する

 紅さんと共に東京都に戻ってくる。


 久しぶりの見慣れた景色は、妙な安心感を俺たちに与えた。


「ん~~~~! やっと全部終わったー! さっさと帰ってパーティーでもしましょ。ギルドホームでパーッとね!」


 グッと背筋を伸ばした紅さんがたいへん魅力的な提案をする。


 その場のメンバー全員が喜ぶが、俺だけ苦言を呈した。


「ダメですよ紅さん。この後、冒険者協会に行って剣さんにいろいろ説明しなきゃいけないんですから」


「あ……そうだった。最悪~」


「他のギルドマスターの人たちにも頼まれていたでしょ? 剣さんだって今か今かと待ってますよ」


「ぶー。いいのよあんな爺。適当に待たせておけば。来週あたりに行っても許されるわ」


「許されませんよさすがに」


 いくら剣さんが温厚な人でも、一週間も報告を待たされたらキレるだろ。


 俺は彼女の背中を押しながら再び車に乗せる。


 他のメンバーたちはギルドホームの前で降りている。がらっがらのバスはこの後、冒険者協会に向かう予定だからまた乗らないといけなかった。


 嫌々ながらも紅さんは大人しくバスに乗る。


 扉が閉められ、紅さんの文句が爆発した。


「く~! あの爺め……だから一緒にゲートの攻略に来いって言ったのに!」


「それはもう前に話しましたよね」


「あの爺がいたらもっと簡単に攻略できたわよ! 私たちが苦戦したあのクソモンスターだって、爺がいたら確実に殺せたのに!」


「まあまあ」


 口は悪いが紅さんは剣さんのことを信頼してるらしい。


 言葉の節々からそれは伝わってきた。


 実際、剣さんは冒険者を引退した今でも『最強の覚醒者』と呼ばれているらしい。


 戦っているところを見たことはないが、紅さん曰く「年老いて体力は落ちたけど技のキレはまったく落ちてない——どころか増している」らしい。


 もはや本当に同じ人間か怪しいところである。


 あの紅さんが自分では絶対に勝てないと言うほどだ。恐ろしく強いのだろう。


 その後も紅さんの文句を聞きながら冒険者協会を目指した。




 ▼




 バスが冒険者協会の前に停まる。


 運転手にお礼を言ってバスを降りると、そのままロビーを抜けてエレベーターで最上階へ。


 剣さんの部屋に入ると、待ってましたと言わんばかりに剣さんが俺たちを迎えた。


「遅かったな、紅、明墨くん」


「途中で道が混んでたのよ。来たくなかったってのに……庵に言われて仕方なくね」


「ははは。明墨くんがいなかったら確実にバックれられていたところだな。昔からコイツは真面目に仕事をしない。面倒な奴だ。そのくせ実力はあるときた」


「うるさいわね爺。あんたにだけは言われたくないわよ」


 喉を震わせて笑う剣さんに、紅さんの針のような視線が突き刺さる。


 だが剣さんに動揺はない。


 わずかに言葉を交わしたあと、真面目な表情を作った。


「——それで? 君たちはあの閻魔殿の中で何を見て、何を聞いたのかね?」


 本題に入る。


 ソファに腰を下ろした紅さんが、めんどくさそうに俺に説明を促した。


 こくりと頷いて説明する。


「まず、閻魔殿には人型のモンスターがいました。映像はご覧になりましたね?」


「もちろんだ。あの雷を操るモンスターだろう? 初めて見たよ」


「その人型モンスター曰く、やはりゲートは別の世界に通じているようです。自らを異世界人と名乗っていました」


「異世界人……ではあれは人間なのか」


「どうでしょう。腕を吹き飛ばしても再生する生き物を人間と称するかは微妙です」


 少なくともこの世界にそんな人間はいない。


 魔力を使えば別だが。


「それもそうか……すまない、話を止めて」


「いえ。それに付随する話ですが、どうやら異世界には複数の君主と呼ばれる存在がいるらしいですよ」


「君主? 王様か?」


「恐らくは。能力的には、人型モンスターの言葉を信じるなら、特級冒険者を越える可能性があります」


「我々を超える……」


 ううむ、と呟いて剣さんの表情が暗くなった。


 俺がなんと言いたいのか理解したのだろう。


「その君主たちが、こちらの世界を狙っています。向こうでもいざこざはあるようですが、このままではきっと……」


「そうだな。異世界からゲートは開き続けるだろう。我々は断固として戦うしかない」


「ま、誰が来ようとあたしが燃やしてあげるけどね」


 紅さんだけが唯一、笑みを浮かべて胸を張った。


 彼女はいつだって自信満々だ。


「ありがとう、明墨くん。なかなか有意義な情報だった。他には何かあるかね?」


「他には……」


 俺は人型モンスターが喋った情報、自分や紅さんが感じた感想などを話した。


 気づけば夜もだいぶふけている。


 帰りたそうな紅さんの文句に耐えかねて、剣さんから帰宅の許可をもらった。


 俺も紅さんもギルドホームに向かう。


 そこでは現在、俺たちを除いたメンバーでパーティーが行われている。


 主役は遅れてくる、とはよく言ったものだ。俺たちがロビーに着く頃には、そこそこの時間が経っていた。

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