第55話 黒騎士、疲れる
冒険者協会を出て、歩いて天照のギルドホームに戻る。
道中、紅さんは今後のことをいろいろ話してくれた。
「庵」
「はい」
「今後、ゲートの発生頻度が増える可能性があるわ」
「ゲートが?」
「ええ。すでに例年に比べてその頻度が増えているの。今回の人型モンスターの台詞といい、なんだか嫌な予感がするわ」
「なるほど……それはたしかに俺も嫌な予感がしますね」
なんとなくだが、今日を機に運命というものが大きく変わったように思える。
具体的には、異世界人たちの進行が本格的に始まるかもしれない。
そんな予感を俺も紅さんも覚えた。
「でしょ? だからあたしたちはもっと強くならなきゃいけない。君主なんて存在が後ろに控えてるなら、強くなっておいて損はないわ」
「ですね。いまの俺たちだと、その部下を倒すのも苦労しましたし」
「べ、別に苦労なんてしてないわよ! あんな奴、あたし一人でも楽勝だったし……」
「はいはい。そうですね」
紅さんが拗ねてしまった。
俺は苦笑しながら彼女のことを肯定してあげる。
すると口を尖らせて彼女は言った。
「……なんか、あたしのこと子供だと思ってない?」
「思ってませんって」
どこからどう見ても大人の女性だ。
俺は視線を逸らしながら真っ直ぐに天照のギルドホームへ向かう。
隣を歩く紅さんは、にわかには信じていなさそうだった。
▼
「つ、疲れた……」
どさっとソファに腰を落とす。
現在、俺は天照のギルドホームにある個室に泊まっていた。
先ほどまで帰った俺と紅さんを天照のメンバーたちがそれはもう賑やかに出迎えてくれていた。
祝勝パーティーは想像を超える喧騒を呼び、その中心にいた俺はたくさん飲まされたしたくさん食べさせられた。
声もたくさんかけられたし、めまぐるしいほど室内を歩き回った。
飲み物はジュース。食べ物は肉がメイン。
食べながら飲みながら運動もさせられ、いまも尚げっそりしていた。
「いおりー。ぶじー?」
「紅さん? 無事ですよ、一応」
扉の反対側から紅さんの声が聞こえる。
返事を返した直後、扉が開いて彼女が入ってきた。
両手にワインとジュース、それにグラスを持っていた。
「やっほー。絡みにきたぞ~」
「帰ってください」
「冷たいこと言わないでよ。今回の立役者を祝いにきてやったのに」
「見たとおり疲れているのでもう十分ですよ」
「なーに言ってるんだか。パーティーはこれから面白くなるのに」
彼女がそう言った途端、廊下の奥から「わーきゃー」叫び声が聞こえた。
本当にまだまだ楽しむらしい。
子供には辛い時間だった。
「俺はもういいですよ。楽しみ尽くしました」
「はいはい。明日は休みなんでしょ? 少しくらい付き合いなさい。ギルドマスター命令よ」
「横暴な……」
これぞ職権乱用ってやつじゃないのか?
首を傾げながらも彼女がグラスに注いだジュースを飲む。
色からしてブドウジュースだ。
「今日はありがとね、庵。あんたのサポート助かったわ」
少しして、ワインを飲み始めた紅さんがぽつりとそう零した。
「どうしたんです。酔ってますか?」
「ぶっ飛ばすわよ。あたしだって本気で感謝してるんだから。庵がいたからこそスムーズに戦闘できたわ。あたしの背中を今後も守らせてあげる」
「それはまた……光栄な話で」
「でしょー? まだまだ国内にはS級ゲートはあるわ。きっとすぐにまた攻略の話が出る。そうなったら、あたしは積極的に攻略しに行くわよ。そしてあんたにもついて来てもらう」
「さすがに重役出勤すぎませんか? 他の幹部の人にも回してくださいよ」
いくらなんでも俺ひとりで彼女に付き合っていたら、体力以上に外聞が悪い気がする。
第二、第三の火口が現れかねない。
「平気よ。どうせあんたはすぐに特級冒険者になる。悔しいけどそれだけの器があるわ。たぶん、最年少記録も更新されるんじゃないかしら?」
「どうでしょう。俺は普通の冒険者のままでもいいですよ」
「その心は?」
「白魔法で目立ちたい!」
グッと拳を握り締めて力説する。
いかに白魔法が重要な力が話すと、紅さんにデコピンされた。
強制的に黙らされる。
「もういいわ。呆れて声も出ない」
「酷い……」
「でも頑張りなさい。そういうの嫌いじゃないわ」
ふふっと笑って彼女はさらにワインを飲む。
その姿にドキッとしたことは秘密にしておこう。
言ったところで彼女が調子に乗る姿が脳裏に浮かんだ。
その後も夜はふけていく。
たまにはこういうアダルトな夜も悪くないね。一歩だけ、俺は大人の階段をのぼった。
明日は東雲さんとのデートだ。
どこに行き、何をするか。
窓から見える夜空の月を見上げながら、ふと、そんなことばかり考えてしまう。
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