第56話 黒騎士、照れる

 S級ゲート閻魔殿を攻略した翌日の夜。


 珍しく爆睡を決め込んだ俺は、部屋のテレビを見ながら時間を潰し、外が暗くなってきた頃に着替えて外へ出た。


 すでにスマホのアプリで東雲さんに連絡してある。


 待ち合わせ場所は、前と同じ新宿区の駅のそば。


 今度は人通りを避けて少しだけ離れた場所を指定した。


 おかげで特に問題もなく彼女と合流を果たす。


「こんばんは、東雲さん」


「こんばんは、明墨さん」


 駅を出たところで少し歩くと彼女の姿を見つけた。


 手を上げて彼女の名前を呼ぶと、向こうも俺の存在に気付く。


「今日はファンの人に絡まれてないですか?」


「はい。ここはあんまり人がいないので」


 ちらりと周りを見渡す東雲さん。


 駅に比べて人が少ないってだけで、近くを歩く人は普通にいる。


 それでも彼女がまた面倒なファンに絡まれてなくてよかった。


「それは何よりです。それじゃあ行きましょうか。今日は頑張ってオシャレな店を予約しましたよ」


「びっくりしました。明墨さんがまさかお店を予約してくれるだなんて」


「それって馬鹿にされてたりします?」


「違います違います!」


 東雲さんは必死に首を横に振った。


「今回も私のほうから明墨さんをデートに誘ったので、やっぱり私が選ぶべきかな、と」


「ああ、なるほど。前は東雲さんにお世話になりましたからね。今日くらい頑張りますよ、俺も」


「明墨さん……」


 東雲さんの顔がわずかに赤くなった。


 ボーっと俺の顔を見つめている。


「東雲さん? そろそろ行きましょうか。大丈夫ですか?」


「——あ、はい! すみません。ちょっと考え事を」


「考え事?」


「あ、明墨さんには関係ない……こともないですが気にしないでください!」


「?」


 それって普通に気になる言い方だけど……東雲さんが言いたくないなら無理には聞かない。


 こくりと頷いて俺たちは歩き始めた。


 周りでは若者たちが盛り上がっている。


 新宿は割りと普段からこういう賑やかなイメージがあるけど、今日の住民たちの様子はちょっとおかしかった。


 じろじろと周りを見ていると、それに気付いた東雲さんが口を開く。


「気になりますか、明墨さん」


「え?」


「周りの人の様子が。私も外に出てから気付いたんですけど、皆さんいつもより元気ですよね」


「東雲さんもそう思いましたか」


「はい。明墨さんが来る少し前にスマホで検索をかけたらわかりました。その理由が」


 くすりと笑って彼女はスマホを懐から取り出した。


 すすいっと画面を操作して俺に見せてくる。


「これです」


「えっと……閻魔殿の攻略記事?」


 彼女のスマホに表示されていたのは、S級ゲート閻魔殿に関するページだった。


「そうです。日本で初めて攻略されたS級ゲート閻魔殿。その攻略を祝って皆さん騒いでいるのかと。ネットだと有名なお話ですよ。どこも同じらしいです」


「あー……それで」


 どうりでどこもかしこも賑やかなわけだ。


 それで言うと、その状況でお店を予約できたのは奇跡だな。


 休日とはいえやたら席が埋まっている、みたいなことを店員さんが言ってたけどこれが原因か。


「皆さん、明墨さんに感謝しているんです」


「感謝?」


「日本人に希望をもたらしてくれた人ですから。きっと身バレしたら囲まれますよ」


「うっ……こ、怖いこと言わないでください。それに、ゲートの攻略をしたのは俺ひとりじゃありませんよ」


「それでも貢献度の高い特級冒険者と明墨さんに感謝する人は多いんです。注目度の違いですね。私も明墨さんの戦う姿に見惚れました」


「見惚れ——!?」


 体が固まる。


 彼女の顔が赤い。自分で言っといて恥ずかしがっていた。


 だがそれは俺も同じ。


 お互いに気まずいようで嬉しいような沈黙を守る。


 そしてそれは……店に着くまでのあいだ続いた。




 ▼




 東雲さんの言葉をきっかけに、無言のまま俺たちは予約していた店に到着する。


 すでに俺たちの席以外は埋まっていた。


 席に着き注文を決めると、そこからはなんとかぽつぽつと会話が出てくる。


「し、東雲さんが言ったとおり賑わっていますね、この店も」


「そ、そうですね……話を聞くかぎり、皆さんやっぱり閻魔殿のことで持ちきりかと」


「これなら個室のある店を選んでおいたほうがよかったかな……はは」


 実は先ほどから何人かの視線が刺さっている。


 たぶん、俺や東雲さんの素顔を見て誰か察したのだろう。


 別に変装とかしてないからバレるときはバレる。


 しかも俺は東雲さんの話によると今一番ホットな人間だ。


 店選びをしくったと今更ながらに後悔する。


 だが、


「私は平気ですよ、これくらい。目の前に明墨さんがいますから」


「~~~~! そ、そうですか……」


「はい……」


 東雲さんがものすごく可愛い反応をしてくれるので自分を許せた。


 あと、そんな空気の中突撃してくる人もいなかった。


 ちょっとお高い店を選んで正解だったかな?


 人が少ない分、厄介な人もいなかった。




———————————

あとがき。


近況ノートにて重大発表が⁉︎

よかったら見てくださいね!

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