第97話 もうヘトヘト
「……行った、のか?」
静まり返った境内にて、俺はぼそりとそう呟いた。
隣にいる闇の君主が、こくりと頷いて俺の言葉を肯定する。
「そのようね……運がよかったわ」
「運がよかった?」
「ええ。あのまま炎の君主が戦闘を開始したら、この場にいる全員が殺されていたかも」
「今の俺とクロでも勝つのは難しい?」
「勝つのはそう難しくないわ。私たちは最強だからね。けど、相手は君主。いくら能力が戻ったとはいえ、手に入れたばかりで完全に制御もできないでしょ? 今の私にも限界はあるし、何より仲間を守りながら勝つのは難しいわ。ひとりやふたりは覚悟しないと」
「たしかに運がよかったみたいだね……」
ホッと胸を撫で下ろす。
彼女の言う通り、今の俺は力を持つだけの存在だ。それを完璧のコントロールする術を持たない。
クロに制御を任せても、本来の力は発揮できないだろうし、戦わないに越したことはなかった。
「ちぇっ。あたしは残念ね。似てる似てると言われたあの君主に勝てれば、あたしが最強であることを証明できたのに」
「無茶なことを言うな。敵の力量がわからぬお前でもあるまい」
「そうですよ、紅さん。明墨さん以外では対抗できません。諦めてください」
「だぁっ! うるさいわねぇ、爺も春姫も! どうせ逃げたんだから気にしちゃいないわよ!」
ガンガン、と地面を強く踏みつけて紅さんはキレる。
そこでようやく穏やかな空気が戻ってきた。終わったな、と改めて思う。
その証拠に、開いていたS級ゲートが閉じていく。先ほどボスが殺されたから、制御できずに消滅しようとしていた。
「ひとまず、S級ゲートはクリアですね。もうヘトヘトだ……」
「なに言ってるのよ、庵。急にとんでもなく強くなっちゃってまあ」
「その小さな女の子は、本当に闇の君主とやらなのかね?」
「不思議な……それでいて莫大な魔力を感じます。威圧感が、随分と増しましたね、明墨さんは」
紅さんと剣さん、それと花之宮さんがそれぞれ質問やら感想やらを口にする。
全部まとめて、
「説明は後でしますよ。今はさっさとギルドホームにでも戻って休みたいです……」
と言った。
剣さんたちも同じ考えだったのか、こくりと頷いて、
「そうだな。では花之宮、我々は撤収しよう」
「畏まりました。部下たちに壊れた土地の修復は頼みますのでご安心を。ね、紅さん」
「あ、あたしだけじゃないでしょ!?」
妙に棘のある花之宮さんの言い方に、再び紅さんは牙を剥く。
花之宮さんも本気で紅さんを責めているわけじゃない。くすくす笑っているから、からかっているだけだろう。
四人で並んでギルド世界樹のホームに戻る。
疲労に、今にも倒れそうだった。
▼△▼
ギルドホームに戻ってくる。
場所は花之宮さんの部屋だ。何度見ても面白いくらい不釣合いな和室に感動しつつ、用意してもらったクッションに腰を下ろす。
クロとシロは俺の隣に座った。その反対側に紅さんが陣取る。
対面に座った剣さんと花之宮さんを見て、真っ先に俺が口を開いた。
「それじゃあ……皆さんが気になってる質問に答えますね。まずは剣さんからどうぞ」
「なんで爺なのよ」
「余計な口は挟むな、紅」
「あん?」
じろり。不良娘の紅さんが、剣さんを睨む。
剣さんは涼しい表情でそれを無視した。質問を投げてくる。
「ではまず、ひとつ。その黒い装いの女の子が、件の闇の君主なんだね?」
答えたのはクロ自身だった。
「その通りよ。今はクロと名乗っているわ。そう呼んでくれて構わない。ただし——私に命令できるのはイオリだけよ。無礼な態度を取るなら、相応の報いを与えるわ」
「はは。ヤンチャな女の子だね。安心したまえ。明墨くんに従うかぎり、我々は何もしない」
「……そう。あなた、強いわね。雰囲気からわかるわ。生きていたら部下にしたい人材よ」
「光栄だ」
「はいはい! 次はあたしよ!」
剣さんの質問が終わるや否や、元気よく紅さんが手を上げた。
別に学校でもないんだから手を上げる必要はないが、アピールにはなっていた。
花之宮さんが何も言わないので、無言のまま紅さんに質問を促す。
「今の庵ってどれくらい強くなったの? 少なくともあたし達より強そうだけど」
「うーん……その質問に答えるのは難しいですね」
「どうして?」
「まだ自分でもどれくらいのことができるのかわからないんです。力を手にしたばかりなので」
「あー……それもそっか」
うんうん、と紅さんは素直に納得してくれた。
いきなり戦いましょう! とか言われるかと思った。さすがにそこまで非常識じゃないか。
「なら今度あたしと戦いましょう! それで測れるわ!」
——脳筋だったわぁ。すごい脳筋だったわぁ。
盛大にフラグが成立して頭を抱えた。しかし、紅さんが相手をしてくれるのは助かる。いい練習相手にはなるから。
最後に残った花之宮さんが、よく通る声で言った。
「最後はわたくしですね。それでは……闇の君主さんは、異世界の情報をくださいますか? 我々に協力して」
———————————
あとがき。
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