第98話 黒騎士、ズル?
ジッと花之宮さんがクロを見つめる。
彼女の問いは、クロが味方かどうかを確かめるものだ。
もし拒否を示した場合、クロと俺はどういう扱いになるのか。
若干の不安を抱く中、クロはハッキリと答えた。
「構わないわ。イオリがそれを望むなら、私側に断る理由はない。もはや、向こう側に配慮してあげる必要もないしね」
「それは何よりです。あなたほどの方に協力していただければ、前よりもずっと相手のことが知れますから」
「たしかに情報は大事だな。それで言うと、まずは何を訊ねるべきか……」
剣さんがうーん、と頭を捻る。
答えが出るより先に、花之宮さんが続けた。
「君主の情報なんていかがでしょう? 今回、我々が知った君主は、炎の君主。あの方の実力はどれくらいなのでしょうか」
「炎の君主の実力? さっきも話したと思うけど?」
「具体的な話が聞きたいのです」
「具体的……そうね。少なくともこの場ではイオリ以外は勝てない。勝負にすらならないと思う」
「ッ! 私が全力を出せば少しは追い縋れると思うけど?」
紅さんのプライドが、クロの言葉を看過できなかった。
しかし、クロは首を左右に振る。
「無理ね。たしかにあなたは精霊になるほどの素質がある。けど、相手は本物の精霊よ。精霊というより天使や亜神に近い。本物の神に比べれば大きく劣るけど、その実力は精霊をはるかに超えている。たとえ精霊になったところで、あなたは炎の君主に敵わない」
「亜神?」
「神へ至る前の状態よ。本物の神かどうかはわからないけど、向こうの世界ではそう呼ばれている」
「じゃあ、その炎の君主より強いあなたは、亜神か神だとでも?」
「いいえ、違うわ」
再びクロは首を横に振る。
「あくまで天使や神に至れるのは、それに順ずる生き物だけ。今回の場合は精霊のことね。私は精霊じゃないし、どれだけ強くなろうと神にはなれないわ。まあ、神を殺すだけの力を持ってるという自負はあるけど」
「物騒だなぁ……」
すごい自信だ。神すら殺すなんて普通は豪語できない。
クロは自分の力にある程度のプライドがあるらしい。
「なに言ってるのよ」
「え?」
ハァ、とクロはため息を漏らす。
そのあと、彼女は言った。
「今はその力をあなたが持ってるのよ? 少なくとも今のイオリなら、精霊や亜神と戦えるくらいのスペックがあるわ」
「えぇ……たしか七割くらいって言ってたよね?」
「ええ」
「それでもうそれだけ強いんだ……すごいね、本当に」
「闇の君主様——クロ様は最強でしたからね。他の君主とはまさに次元が違うのです!」
「そうでもないわ。ひとり、注意すべき存在がいる」
「注意すべき存在?」
忌々しげにクロは吐き捨てた。
その表情に、隣に座っていたシロも顔を曇らせる。
「光の君主。アイツだけは、簡単に倒せない」
「光の君主……他の君主の名前だね」
クロとは対極に位置するっていうのがよくわかる。
「そうよ。あの女は最悪。私より弱いくせに、私と相性最悪でなかなか勝てないわ」
「もしかしてクロが他の君主に敗れた原因って……」
「光の君主ね。アイツがいたおかげで遅れを取ったわ。それ以外の君主が相手なら、全員まとめて殺せていたのに」
「マジか……」
クロってそんなに強いんだ。逆に俺たちが驚いたよ、その事実に。
「では、明墨さんの目下の脅威は、その光の君主ということになりますね」
「そうね。イオリはくれぐれも光の君主とは戦わないようにして。今の私たちじゃ勝てないわ」
「……了解」
俺にはその光の君主が誰なのかわからないし、君主が攻めてくる可能性は低いだろう。
それでも意識だけはしておく。
「では次に、異世界の種族などの話ですが……」
その後も、クロを中心とした質問は続く。
主に花之宮さんが質問することで、時間は流れていった。
▼△▼
数時間後。
夜中から朝になったことで、みんなすっかり眠くなった頃。
花之宮さんたちの質問が終わる。
「……ひとまず、クロさんに訊きたいことは聞けましたね」
「そうだな。私も満足だ。紅は?」
「あたしもなーし。とにかくもっと強くならなきゃダメみたいね」
「今のところ、対抗できるのが明墨さんしかいませんからね」
「なんかズルしたみたいですみません」
俺は何の努力もせずにクロの力を手に入れた。
それは、強くなろうとする紅さんへの冒涜にも感じる。
だが、他でもないその紅さんが、
「なに言ってるんだが」
と俺の言葉を否定した。
「どんな理由があろうと、庵が強くなったのはいいことじゃない。あなたがいるからあたしたちも強くなる時間ができるわ」
「その通り。まだまだ老骨にも鞭を打つとするさ」
「死なないように気をつけなさいな、爺」
「誰が死ぬか! 馬鹿者が」
「お二人とも……」
「そうですよ、明墨さん。胸を張ってください。あなたは我々の希望でもありますから」
最後にそう花之宮さんが締めくくって、最後の話が終わる。
これで完全に京都には平穏が戻る。
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