第96話 燃える巨人

 黒衣の男——だった人型モンスターから、闇の君主の力が消えた。


 すべてを吸収し終えたクロは、満足げに頷く。


「ん。これでかなり力を取り戻せた」


「だいたいどれくらい?」


「七割。残りは恐らく、まだ向こうの世界にある」


「適合できなかった力の一部は、どこかに放置されているでしょうね」


 シロがそう補足した。


「そういう感じなんだ」


 まるでクロの体のパーツを探すみたいな展開になってきてない?


 俺としては、クロを介して流れ込んでくる七割の力とやらが、相当多すぎて吐きそうなんだけど。


 急に魔力の総量がぶっ飛ぶくらい跳ねたから、魔力酔いみたいな症状が起きている。


「大丈夫そう? イオリ」


「う、うん……一応は。けど、魔力に慣れるまでに時間がかかるかも」


「わかった。あとは——私に任せなさい」


 再びクロの視線が下に落ちる。


 倒れた状態の人型モンスターは、力が抜けて瀕死になっていた。


「や、やめ……ろ! 俺の、俺様の力……!」


 必死に腕を伸ばすが、その先っぽが俺たちに触れることすらない。


 今のコイツの魔力は、一般人並に落ちている。闇の君主の魔力を奪われた代償だろうか? もはや脅威の欠片もなかった。


「話しなさい。あなたは誰に命じられて、誰のせいで私を殺すことにしたの?」


「お、れは……大儀の、ために……」


「それはもう聞き飽きたわ。あなた、私を殺すときにも同じことを言ってたわね? 国のためだとかなんとか。でも、違うわ。あなたの目には欲望しかなかった。一体、誰に——唆されたの?」


「…………俺の、力……」


 ぱたり。


 男は最後に小さく呟くと、持ち上げていた手を落とした。


 もう力もない。何にも答えるつもりもない。


 ただただ、空すら覆った俺の魔力を見つめている。


「放心状態ね。これ以上は何も情報は取れなさそうだわ」


「残念だね。でもまあ、この男を拘束して治療していけば、何かしら有益な情報が得られるかもしれない」


「それを祈るわ。今は、あなたという存在に会えたことを喜びましょう」


「俺?」


「あなたのおかげで、こうしてシロとも再会できたしね」


 ずっと闇の君主のことを見つめていた涙目のシロを見て、クロは優しく微笑む。


 なんだか俺が役に立てたようでちょっと嬉しかった。俺はくすりと笑う。




 ——そのとき。




 感傷に浸る暇すらなく、結界の中にゲートが開いた。


「ッ!?」


 その場の全員が、息を呑む。


 いきなりゲートが現れたことにも驚きだが、一番の問題はそこじゃない。


 ゲートが開いた瞬間に漂ってきた——あまりにも濃密な魔力。


 その魔力が、全員の体を震わせた。


「気になって様子を見に来たら……これはどういうことだ?」


 遅れてゲートから一体のモンスターが姿を見せる。


 巨人だ。二メートルを超え、三メートルにも到達する真っ赤な巨人。


 まるで溶岩で構成されたかのような外見をしている。


「あなたは……なぜ、あなたがここに?」


 クロが俺たちより一歩前に出る。


 まるで目の前の巨人とあいまみえるように。


「——ぬ? 貴様……貴様こそ、なぜここにいる! 闇の君主!!」


 ゴオッ!!


 巨人が大きな声を発しただけで、周囲の気温が急上昇した。


 俺は鎧をつけているから問題ないが、シロと紅さん以外の全員が額に汗を浮かべていた。世界がわずかに歪む。


「復活を果たした、と言ったら、あなたはどういう反応を見せるのかしらね……


「炎の……君主!?」


 あれが噂に聞いていた、紅さんと似た能力を持つ炎の君主!?


 他の人型モンスターとは別次元の魔力を感じる。確実にクソ強い。


「ありえん。貴様は我々君主が念入りに殺した。絶対に復活などありえない! それこそ、魂に肉体を与えるようなもの。それは蘇生ではなく、転生だ!」


「だったら指をくわえて待ってなさい。すぐに異世界を壊しに行ってあげる」


「……チッ!」


 巨人は舌打ちをすると、ちらりと俺のほうを見た。


 具体的には、俺の足元に転がる瀕死の人型モンスターを見ていた。


「グズめが……あれほどの援助をしたというのに、まともな働きもできずに負けたか。もはや、力を失った貴様に用はない」


「——ッ」


 炎の巨人が赤い光線を放つ。熱だ。


 わずかな魔力量にしては威力が高いように見える。


 咄嗟に俺は、狙われた人型モンスターを守るように盾を展開した。


 炎の巨人の攻撃を防ぐ。


「ほう……貴様……闇の君主の能力を持っているな。そういうカラクリか」


「なっ!?」


 その言葉の意味を理解するより先に、足元がわずかに光——ドオオオオンッッ!!


 爆発が起こる。


 俺は鎧を着ていたから問題なかったが、攻撃の中心だった人型モンスターは、体を内部から炸裂させられて即死する。


 情報を渡さないように、仲間を殺すとは……!


「これでいい。後は時期がくれば俺が相手をしてやろう」


 それだけ言うと、炎の巨人は踵を返してゲートの中へ戻っていった。


 ここで戦闘になるとまずい。


 それを察知して、誰も炎の巨人を止めることができなかった。


 唯一、闇の君主だけが、睨むように巨人を見つめる。


 ゲートが閉じて、完全に静寂が戻った。




———————————

あとがき。


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