第11話 黒騎士、白魔法パンチする
新宿ダンジョンに潜って少し。
配信を開始して、一匹のゴブリンが姿を現した。
ゴブリンは非常に弱い個体だ。どのダンジョンにも高確率で出てくる上、そのどの個体も能力値が低い雑魚。
そんな雑魚を相手に、ウキウキで俺は拳を振るった。
まとうのは白い魔力。
元々が黒い俺の魔力を、白魔法を発動するために白色へと変化させている。
生まれた効果は、モンスターに対する浄化の付与。
浄化はモンスターにとって吸血鬼の日光に近い。
触れれば肉体、存在そのものが浄化されていく。
その悪しき肉体が、心もろとも消滅されるのだ。
当然、その付与がかかっている俺の拳を浴びて、ゴブリンは大ダメージを受けた。
端的に言って、——頭が弾けた。
殴った頭部が爆散し、夥しいほどの血液が周りに飛び散る。
もちろん俺にも大量にかかる。
ゴブリンの臭い血にまみれて、拳を突き出した体勢のまま固まった。
……振り向きたくない。
できればこのまま配信を終わらせたかった。
なぜなら、本来、白魔法の〝浄化の光〟が付与された攻撃は、対象を破壊するのではなく、対象を消滅させる。
どれだけパワーを込めても、殴った先から体も血も浄化されていくはずだ。
それが浄化されずに爆散したってことは……結果はひとつしかない。
俺の白魔法の効果が低い、あるいは——発動しなかったってこと。
ひとまず黒魔法で、体や服に付いたゴブリンの血を拭き取る。
白魔法の対となる黒魔法は、こういった物体や物質を呑み込む力もある。
おかげで最悪な臭いは消えたが、最悪な醜態は残ったままだ。
かすかに震える手でポケットからスマホを取り出し、画面に電源を入れる。
すると、案の定、コメントが大量に流れていた。
【白魔法(笑)スゲーwww】
【白魔法(物理)スゲーww】
【あれが本物の白魔法か。偉そうなこと言うだけあるなwww】
【あれあれぇ? でもゴブリンさんが消滅してないぞぉ? 頭だけは綺麗に吹き飛んだけど】
【もう白魔法使わず魔力で殴ってるだけじゃん。凄すぎ】
【パワーはすべてを解決する。白魔法とは一体】
【筋肉魔法使いだったか……】
【ウホ、いい男】
【俺も筋肉には自信があるんだぜ? 一緒に筋トレをしよう】
【白魔法パンチ最高でした。対象は死ぬ】
【浄化? そんなことより殴ったほうが早いぜ!】
【黒騎士ではなくただの筋肉でした】
【つか普通にさらっとやってるけど、黒魔法で汚れも取れんのか。便利だな】
【黒魔法は使わないんじゃなかったの~?www】
【あれはただの掃除機だろ。黒魔法ジャナイヨ】
【それで言うと白魔法も使ってない件】
【白魔法パンチは白魔法だろ(ブチキレ)】
【白魔法ってついてるんだから白魔法だろ!(憤慨)】
【白魔法パンチ。これは特許申請通るな】
【白魔法パンチの庵くん伝説が始まる……】
【黒騎士は死んだのさ……これからは白魔法パンチの時代だ】
ずらりと並ぶアンチみたいなコメントと煽り。おまけに、〝白魔法パンチ〟なる造語まで生まれた。
白魔法が認められたわけじゃないため、俺はスマホを握り締めながらこめかみに青筋を浮かべる。
コイツらの住所だれか特定してくれないかなぁ……ぶち殺してぇ!
憤怒の血を口から流しながら、必死にストレスに耐える。
落ち着け、落ち着くんだ俺。いまここでまたいつものようにキレたら、数百万人もの人間に醜態が晒される。
——すでに白魔法パンチで醜態を晒してる? 死○!
どうにか湧き上がる怒りを抑え、深く深く息を吸う。
今すぐに自宅へ帰りたい気持ちを脳裏から追い出して、スマホをポケットにしまい歩き出した。
……もうコメントはいいや。白魔法パンチが成功したら見よう……。
バズったあとの配信がこんなんでいいのか疑問に思ったが、いまさら取り返しもつかないので続ける。
再び、モンスターを探してダンジョン内を徘徊することにした。
▼△▼
「~~~~~~!!」
ダンジョン攻略を始めて数時間。
何度も何度も何度も何度も何度も何度もモンスターを白魔法パンチで討伐した。
途中、何度か白魔法パンチに成功するも、それを見た視聴者たちは、
【やっと成功したよ白魔法パンチ】
【ずっと殴ってるだけやんけ】
【黒魔法使えよ。グーパン配信飽きたって……】
と文句を垂れ続ける。
スマホをぶん投げようとしたが、お金の無駄遣い! と思いとどまる。
わりとダンジョンの中層手前くらいまでやってきたし、そろそろ配信を終わらせてもいいな。
……いや、むしろ白魔法だけでこの先にいるフロアボスと戦うのも悪くない。
フロアボスはその辺を徘徊してる雑魚とは違い、かなり強力な個体だ。
基本的に複数の冒険者がパーティーを組んで討伐するレベルの相手だが、中層手前に出てくる奴くらいなら、俺が白魔法だけ使っても勝てるだろ。
そう思って、
「せっかくですし、ボスモンスターも倒していきましょうか。そこで白魔法パンチの真髄を見せます……てめぇらよく見とけよ」
視聴者たちにやや低めの声で宣言した。
【出てる出てる。黒い部分が出てるよ庵くん】
【自分で言ってますやん、白魔法パンチ】
【白魔法パンチは公式になったのだ……黒騎士のな】
【黒騎士の白魔法パンチとかインパクトでかすぎ】
【つかマジでボスを倒しにいくの? 白魔法パンチで?】
【それはさすがに無謀だろ。時間もかかりすぎる】
【黒魔法でサクッと倒してくれめんす~】
視聴者たちのコメントはスルーする。最初から俺は白魔法を使っていくと宣言したはずだ。
緊急の事態でもないかぎり、黒魔法は使わない。
長い通路を抜けて、やっとのことでボスエリアの前までやってくる。
すると、すでに他の冒険者たちがボスに挑んでいた。
デカい扉の向こう側から、轟音といくつもの叫び声が聞こえてくる。開け放たれた扉の反対側では、火花を散らして激闘を繰り広げる様子が見えた。
「なんだ、先客いるじゃん」
終わるのを待つか? わりと順調みたいだし。
———————————————————————
あとがき。
白魔法パンチ(ほぼ物理)
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