第8話 黒騎士、スカウトされる
まるで消え入りそうな、か細い声で、日本最強の覚醒者である剣景虎は言った。
「君に……冒険者ギルドに所属してほしい」
「……冒険者ギルドにですか?」
「ああ」
頷くと、剣はしばしのあいだ沈黙し、瞼を閉じる。
およそ五秒後、再び口を開いた。
「現在、日本には複数のギルドが乱立している。中には日本を背負うほどの勢力を築いた者もいる。だが、その一方、治安を守るための冒険者ギルドに所属したいという者が減った。そのくらいの話は、連日ニュースでもやっているから知っているだろう?」
「ええ、まあ」
有名な話だ。
現に、冒険者ギルドには、剣景虎に次ぐ猛者がたった一人しかいないらしい。
大手ギルドでいう幹部だ。他のギルドには何人もいるのに、冒険者ギルドはたった一人。
いくら剣景虎が規格外のバケモノだとしても、剣を含めて強者が二人では、激戦区の東京の治安など守れない。
「そんな時に、めぼしい強者を見つけてしまったら、声をかけるしかない。私が君をここへ呼んだ理由がわかったかな? 言わばこれは、スカウトと言うやつだよ」
「あはは……恐縮です」
まさかあの特級冒険者じきじきに声をかけられるとは。
日本中でもほとんどそんなヤツはいないだろう。
そこまでしてでも人材を確保したい、という剣の思惑が透けて見える。
そして、ギルドマスターもそれがバレてること前提で話してるっぽい。
「どうかな? 年俸は高額を約束するよ」
「ありがたい話ではありますが……」
残念ながら、俺はこの話を承諾できない。
冒険者ギルドに入ってしまうと、ダンジョンに潜る機会がぐんと減るからだ。
そう思って断ろうとしたら、何やら部屋の外が賑やかになってきた。
剣も視線を扉のほうへ向ける。
「この魔力は……やれやれ、彼女も来てしまったのか」
「彼女?」
どうやら剣は、廊下で騒いでる相手のことを知っているらしい。
徐々に足音と喧騒が聞こえてくる。
「ああもう! あんた邪魔よ。あたしはここに来てる男の子に用があんの! あんな爺に興味はないから安心しなさい!」
「爺などと……そのような発言は慎んでください、——
——うん?
紅? いま、彼女を止めてる男は紅と言ったか?
その名前で女性。おまけに廊下の奥からでも感じるほどの圧倒的魔力……。
そんな人物、俺はこの日本でひとりしか知らない。
日本最大規模のギルドがひとつ、——〝
「
最強の赤魔法使いにして、すべてを灰に変えるあの〝灰燼〟が来ているのか!?
テレビでしか見たこともない有名人が、いま、俺の前に二人も?
そこまで思考が巡ったところで、盛大な音を立てて扉が蹴破られる。
当然、室内に入ってきたのは、美しい朱色の髪の女性。
すらりと長く伸びた細い足。流行のクールでカッコイイ系の服を着こなす彼女は、ブーツの靴音を鳴らしてこちらにやってくると、ちらりと赤い瞳で俺を見下ろした。
「はーん……君が明墨庵ね。へぇ……いいじゃん。不思議と内包する魔力が量れない。何者なの?」
「これ。いきなり扉を蹴破っておいて、私のことは無視かバカたれ」
「は? あたしはこの子に会いに来たの。
「紅……相変わらずクソ生意気な女だ」
ゴゴゴゴ、と空気が張り詰める。
二人の魔力が大気すらも震わせ、痛いくらいの緊張感が部屋中を覆った。
俺も止められなかった黒服も、ごくりと生唾を呑み込む。
さすがにこんな場所で暴れることはないだろうが、さすが特級。凄まじいオーラだ。
「……まあいい。失言は許してやるからさっさと帰りなさい。いまは私が彼と話してるところだ」
「嫌ですけど」
「紅」
「用があるって言ったでしょ。どうせ剣さんもスカウト目的なんだし、あたしが混ざってもなんら問題はないじゃん。ねぇ、明墨庵くん」
そう言って、どかっと紅さんが俺の隣に腰を下ろす。
やたら距離感が近くて反応に困った。
「やれやれ……キミも厄介な女に目をつけられたものだ」
「冒険者ギルドに所属するより、こっちに所属したほうが百倍楽しいよ? どうせ書類仕事ばっかりなんでしょ、冒険者ギルドって」
「ダンジョンを攻略するだけが冒険者ではない。世の中の治安を守ってこその覚醒者だ。暴れまわるだけでは犯罪者と同じ」
「それってあたしのこと言ってるの? 前に協力してやったのに酷くない?」
なぜか俺の肩にしだれかかってくる紅。
剣の盛大なため息が聞こえた。
「二十人もの犯罪者、および覚醒者を半殺しにしたくせによく言う……おまえはやり過ぎだ」
「ルールを犯したヤツに慈悲なんていらない。死んでもいいですよってことじゃん、それってつまり。ねぇ、庵くん」
「えっと……」
「君、かわいいね。まだ若い。高校生なんだって? すごいねぇ。その若さでもうあんな強いだなんて。ウチにきたらあたしが可愛がってあげる。幹部の席もあげる。だから天照においで?」
つー、と彼女の人差し指が俺の顎を撫でる。
なんというか、紅さんは魅力的な女性だ。色香っていうの? それがすごい。
至近距離で見つめ続けられると、不思議と変な気分になってくるから困る。
俺はバッと視線を外して言った。
「じ、実は! 俺……どこにも所属するつもりはなくて……」
「えぇ? なんで? あんなに強いなら、もっともっと上を目指せるのに」
もったいない、と紅は言う。
だが、俺の考えは違う。
「俺は……白魔法を極めて、白魔法で注目されたいんです。そのために白魔法を使ってダンジョンに潜っていますし、配信もしてます。どこかに所属するほどの余裕はありません」
「……白魔法? 君の適性は明らかに黒魔法だよね? 白魔法も使えるの?」
「いえ……あまり」
というかまったく。
いや使えるけどね?
「ふーん……なのに白魔法を使って強くなりたいんだ。白魔法で有名になりたいと。そのためにはダンジョン配信もやめたくない、と」
「は、はい」
ジーッと紅に見つめられる。
剣は言葉を挟まない。
微妙な沈黙が流れ、お互いに見つめ合ったまま一分ほどの時間が経過する。
ようやく、紅が口を開いた。
「——よし! なら契約しよっか」
「え?」
「契約だよ契約。君にはウチのギルドに入ってもらって、幹部になってもらうの」
「だから、所属は無理だって——」
「シャラーップ! 話は最後まで聞きなさい? あなたに都合のいい条件を付ければいいんでしょ? それくらい朝飯前よ」
そう言うと彼女は、懐からスマホを取り出してなにかを打ち込んでいく。
しばらくして、スマホの画面をこちらに見せてきた。
「条件その一。ウチのギルドに幹部として所属すること。条件その二。ダンジョン攻略に必要だと判断された場合、あなたは攻略に参加すること。もちろん拒否権は庵くんにある。嫌だったら断ってくれていいわよ。そして条件その三。以上の条件を守ってくれるなら、それ以外の時間は自由にしてよろしい! ダンジョン配信でもなんでも好きにね。もちろん、働かなくても金は出ーす!」
「えええええええ!?」
ど、どんな条件!?
普通に考えてありえない。
その条件で行くと、俺がギルドメンバーとして働くのは、俺の力が求められたごくごく一部のダンジョン攻略のみ。
それ以外の時間は、なにしてもいい? しかもお金は出る?
それってほとんどサボってるのと同じでは?
俺の力が必要になることなんてほとんどないだろうし……。
なんせ天照には、複数の幹部に特級冒険者である紅神楽がいる。
あまりにも破格すぎる条件だ。
「配信の手助けもするよ~。ウチの所属だってことを強調さえしてくれれば、全部経費で落ちます! こんないい条件、他のギルドじゃまず提示してくれないだろうね~」
「なんでそこまで……」
「都合のいい待遇をしてくれるのか? それはもちろん、君の将来性を買ってるだけだよん。あたしは確信してる。君は、確実に特級冒険者になれる器だ」
ウソはついていない。
まじまじと彼女の瞳を見つめるが、純粋な色以外はまったく窺えなかった。
心の底から、本音でそう言ってるように思える。
「俺は……」
両隣には、俺をスカウトしようとする二人のギルドマスターが。
どちらも特級冒険者であり、俺の将来性を買ってくれている。
この提案を俺は、どうするべきなのか。
じっくりと考えて、およそ五分ほどで答えを出す。
俺は————。
▼△▼
某、有名SNSにて、〝紅神楽〟のアカウントが写真付きのツイートを呟いた。
それを見ただれもが、目を見開いて反応する。
『本日から、あの黒騎士こと明墨庵くんが、ウチのギルド天照に幹部として所属しまーす! いえーい。パチパチ』
———————————————————————
あとがき。
所属しないのがよくある展開ですが、ここは所属してみた☆
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