第7話 黒騎士、強制連行される

 キーンコーンカーンコーン。


 静寂を切り裂き、校内に鐘の音が響き渡る。


 それを聞いた多くの生徒たちが歓喜の声を上げた。


 教科書を手にした教師も、「今日はここまで」と言って教室を出ていく。


 午前中の授業がすべてが終わった。これから生徒も教師も揃って昼休みに突撃だ。


 賑やかな声が徐々に勢いを増していき、当然、その矛先は俺のほうへと向いた。


 今朝、クラスに入ってからこれだ。


 みんな俺がダンジョン配信者だったことも驚いたが、例のネットでバズった件をいろいろ聞きたいのだろう。


 悪いが、そんなことに付き合ってやる義理はない。


「明墨、一緒に昼食を——」


「待ってくれ」


 近付いてきた男子生徒たちの声を、右手をかざして制する。


 ぴたりと動きを止めた彼らに向かって、俺はなるべく人当たりのいい笑みを浮かべて言った。


「残念ながら昼は静かにひとりで食べたい派なんだ。ダンジョン配信に関して喋ることもないから、——またね!」


 言い終えるのと同時に、そばにあった窓を開ける。


 ここは二階の教室だ。代々、一年生は一階と二階に教室がある。


 そして俺は魔力に目覚めた覚醒者。


 その肉体能力は、魔力による恩恵で常人よりはるかに強靭だ。


 ゆえに、たかだか二階の高さから飛び降りた程度では、怪我ひとつしない。




 窓の縁に足をかけ、爽やかに、「アデュー」と告げて窓から飛び降りた。


 飛び降りる直前、背後からいくつもの悲鳴が聞こえた気がする。




 ▼△▼△




 俺の本日の一日は、授業と逃走でほとんど潰れた。


 昼休みだけじゃない。しつこいクラスメイトたちは、放課後にまで話を聞きにくる。


 もちろん俺は彼らを無視して窓から逃走した。


 二回目は盛大に教師に怒られたが、それで止まる俺ではない。


 すたこらさっさと校庭を走り、ぐるりと昇降口に回って外履きに履き替えると、そのまま真っ直ぐに校門をくぐった。


 クラスメイトだけじゃない。学校の生徒たちの大半が俺のことを見ている。


 中には声をかけてきそうな雰囲気のある者もいたが、それらを全部無視して帰路に着く。


 どうせ彼らと話しても、東雲さんのことか黒魔法に関しての話しか出ない。


 俺は、白魔法のことを話したいのだ。


「おととい来やがれっての」


 徐々に生徒の数が減る。


 学校から離れれば離れるだけ、俺の認知度は下がる。


 そこまで来るともう安全だ。走りから歩きへと変更し、のんびり自宅を目指す。




 その途中、ふいにスマホが震えた。


 ぶるぶるとポケットの内側から振動を感じる。


 スマホを取り出して画面を見ると、見覚えのない、登録もしていない番号から電話がかかってきた。


「うわぁ……怪しさ百倍じゃん」


 今どき間違い電話とかほとんどねぇだろ。アプリで済ませろアプリで。


 文句を垂れながらも、一応、念のため、電話には出る。


 変なヤツだったら即行で切ってやる。そう思ってスマホに耳を当てると、


『もしもし。明墨庵くんの携帯番号であってますか?』


 スピーカーから、老齢の男性の声が届いた。


 低い、年季を思わせる渋い声。それでいて力強さを感じさせるこの声は……だれだ?


「はい、明墨庵ですけど」


『ああ、よかったよかった。私はつるぎ景虎かげとらという者です』


「剣……景、虎?」


 どこかで聞いたことのある名前だ。


 どこで…………あぁ!?


 剣景虎って、あの剣景虎か!?


 冒険者ギルドのギルドマスターにして、日本でも五人しかいないとされるの剣景虎!?


「まさか、特級冒険者の?」


『ご存知とは話が早い。本日、明墨庵くんの予定はありますか? よかったら、冒険者ギルドにお越しください。話したいことがあります』


「話したいこと……ですか」


 こえぇよ。


 電話越しじゃダメな案件なのか?


 内容から察するに、このあと、一緒にお話しませんかってことだよね?


 冒険者の中でもほんのひと握り。世界でも一割に満たない最強の冒険者たち。


 ——特級冒険者。


 本来階級なんて存在しない、完全実力主義の社会において、唯一、従来の冒険者たちとは一線を画す戦闘力、貢献度を誇る者たちに与えられる特別な肩書き。


 その権力は、総理大臣や大統領にも意見を出せるほど。


 そんな化け物の中の化け物と……OHANASHI?


 無理無理無理無理無理無理無理!!!


 考えただけでもゲロ吐きそうなんですが?


『君にとってよりよい提案があるんだ。是非ともお越しください。よろしくお願いします』


 プツン。


「あ」


 電話が切れた。


 言いたいことだけ言って切りやがった! あの爺!


 自分は偉いからなんでもありかよ!? そんなこと許されるわけ……あるんだよなぁ、これ。


 拒否してもまた電話かかってきそうだし、しょうがない。


「——バックレるか」


 先ほどの話は聞かなかったことにして、俺は自宅に向かった。




 ▼△▼




「明墨庵さんですね。冒険者ギルドのギルドマスター、剣景虎がお呼びです。どうかご同行のほどお願いします」


「…………」


 自宅の前に、黒塗りの車が停車していた。


 中から黒づくめの連中が出てくる。


 まだ一言も話していないのに、こちらが明墨庵だと断定された上で車に乗せられる。




 ——あ、あの爺!


 俺がバックレることまで想定していたのか!?


 それとも、万が一のことを考えて自宅のほうにも部下を向かわせた?


 どちらにせよ、逃げる暇さえなく冒険者ギルドに連行される。


 一体、なんの話があるんだか……。




 しばらく道路を走り、やがて東京都にある冒険者ギルド本部に到着した。




 ▼△▼




「お待たせしました」


 運転手の男性が、車から降りて後部座席の扉を開ける。


 促されるまま車から降りると、見上げるほど高いビルが俺の視界に収まった。


「ここに来るのは、冒険者登録をしたとき以来か」


 先導するために歩き出した黒服の後ろに続くと、懐かしい記憶が脳裏をよぎる。




 冒険者ギルドは、他のギルドと違って、ダンジョンの攻略を目的としていない。


 冒険者ギルドの仕事は、主に二つ。


 ひとつは、覚醒者の登録、およびその管理。


 冒険者ギルドには、冒険者になったすべての覚醒者の情報が集められる。


 そしてもうひとつは、治安の維持。


 覚醒者はほぼほぼ全員が、人間を超えたバケモノだ。


 まったく発動しない……ではなく、あまり白魔法が得意じゃない俺だって、魔法なしでも人間を素手で軽く捻り殺せる。


 高校生でもそれなのだ。魔法が使える成人たちの危険性は、もはや言わずもがな。


 そんな彼ら彼女らが、いざ犯行に走った際、それを止めるのが冒険者ギルドの役目でもある。


 求められる水準は高い。場合によっては、大手ギルドに所属する、よその冒険者を頼ることもある。


 特にここ最近は、ダンジョンブームのせいで冒険者ギルドに集まる覚醒者が少ないらしい。


 それでもギリギリ治安を維持できているのは、そのトップが恐ろしく強いからだ。




 エレベーターに乗って最上階を目指す。


 黒服に続いて静かな廊下を歩くと、たった一室だけ最上階には扉があった。


 黒服が扉をノックすると、内側から電話で聞いたあの渋い声が返ってくる。


 ガチャリとドアが開き、黒服と一緒に中に入る。


 すると奥のテーブル席に、白髪の老人が座っていた。


 テレビで見たことのある、日本人最強の覚醒者、——剣景虎だ。


「やあ、ようこそ、明墨庵くん。今日はわざわざご足労すまなかったね」


「いえ。車を手配してくださったのでそれほど疲れてもいませんよ」


 この野郎。あんたが特級冒険者じゃなかったら、とっくにここからエスケープきめこんでるぜ。


 別にビビってない。


 ……ビビってない。


「ははは。半ば無理やり連れてきたことは謝る。だが、まずはソファにでもかけてくれ。どうにして君に、すぐにでも話がしたかった」


「はぁ……その話とは?」


 言われるがままソファに腰を下ろすと、雑談もなにもなく本題に入る。


 老齢の男性こと剣景虎は、ほんのわずかに目を細めると、どこか疲れきった声で言った。




「君に……我が冒険者ギルドに所属してほしい」

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