第6話 黒騎士、すべてを知る

 透明なガラスの向こうから、眩しいくらいの太陽が差し込む。


 そこは、東京都に建てられた超高層マンションの一角。


 最も太陽に近い最上階のワンフロアを貸し切る朱色髪の女性は、腰まで伸ばした美しい髪を揺らして笑った。


 彼女の手元には、手のひらサイズの携帯端末が握られている。


 そのスマホの画面には、ひとつの動画が映し出されていた。




 タイトルは、【有名配信者を救う最強の黒騎士現る】。




「ふふ、あはは、あはははは! なにこれ」


 高らかに笑う声が、静寂に満たされていたはずの室内によく響いた。


 そのあとも何度も彼女は笑ったのち、スマホの画面を落とす。


「黒騎士? 新人冒険者の明墨あきすみいおり? 黒魔法使い? ミノタウロス五体をたった一撃であんな風に切り裂くなんて……ふふ。面白いじゃない」


 興奮したことによって彼女の髪色がわずかに明るく輝く。


 赤色の線が入り、色が混ざり、徐々に朱色から純粋な赤へと変わっていった。


 それは彼女が興奮してる証拠だ。


 彼女の体内には、まるでドラゴンと称されるほどの膨大な魔力と、高いがある。


 それゆえに、感情の高ぶりが身体的な特徴として現れる。


 特に顕著なのは、その波打つ朱色の髪。


 気分が高揚したり、激しい怒りに囚われると、途端に彼女の髪の色は赤くなる。


 血のように、紅玉ルビーのようにキレイな赤へと。




「ギルドマスター? 急にどうしたんですか。笑い声が廊下まで聞こえましたよ」


 扉を開けて、ひとりの男性が姿を見せる。


「——あなた知ってる?」


「はい? 何をですか」


「いま話題の黒騎士よ、黒騎士」


「ああ……あの東雲しののめゆきとかいう女を助けた。それがどうしました?」


「あたしもさっき知ったんだけどね、この明墨庵って子……すごく強くて面白いの」


「なっ!? ご、ご冗談を……」


 突然ギルドマスターと呼んだ女性がおかしなことを言うものだから、その側近、幹部である男性は狼狽えた。


 モヤモヤとする感情を内側に宿し、苦笑しながら首を横に振る。


「あの程度の活躍、ギルドマスターであるあなたが気に留めるほどの者でもありません」


「それを判断するのはあたしよ。きっとアレは全力じゃない。もっと力を隠してるはず……ふふ。いいわね。実に眩しいほどの将来性よ! 気に入ったわ」


「きに……っ!? ま、まさか、あの黒騎士とかいう小僧をスカウトするつもりですか!?」


 彼女の内心を読んだ男が、慌ててギルドマスターを止めようと叫ぶ。


 だがすでに遅い。彼女は男の言葉に、不敵な笑みだけを返して歩き出す。


 コツコツと靴音を鳴らし、男の隣を通り抜けてから言った。


「幹部の席、用意しなくちゃ」


 コツコツ、コツコツ。


 その靴音が聞こえなくなるまで、男はその場から動くことができなかった。


 やがて完全に音は消える。


 直後、


「クソッ! ふざけるな! 俺が必死に上り詰めた幹部の座に、どこの馬の骨とも知れないガキを座らせるだと!? 認められるか……! あなたの側近は、この俺だろう!?」


 ギリギリと奥歯を鳴らして、男は拳を痛いくらいに握りしめた。




 ▼△▼




「なんで、俺がネットニュースに取り上げられてるんだ……?」


 差し出されたスマホの画面をまじまじと見つめる。


 何度見ても記事の内容は変わらない。


 デカデカと張り出された動画には、昨日助けた〝東雲千〟のチャンネルが。


 切り抜かれている画像には、黒騎士として佇む俺の姿が映っていた。


「おいおい、本人が知らなかったっていうのか? いま、ネット上では、お前の話で大盛り上がりだぞ」


「う、ウソだろ?」


「マジだよマジ。お前にそんなウソつく理由ないだろ。ほら、その証拠に……黒騎士ってSNSで検索かけるだけでもこんなにヒットする」


 またしてもスマホの画面をすすいっと操作する男子生徒。


 数秒後に切り替わった画面を見せられると、リアルタイムで騒いでるネット民たちの呟きが表示されていた。


 そこまで見て、ようやく事態を把握する。


「いつの間に……って、もしかして!」


 ふと気付く。


 慌ててポケットからスマホを取り出すと、自分が登録してるチャンネルのページへ飛んだ。


 すると、




「と、とと、登録者500万人!?」




 明墨庵——俺のチャンネルを登録してる人数が、たったひと晩で七桁に達していた。


 おかしい。おかしい。おかしいおかしいおかしい!


 少なくとも昨日、ボロクソ貶された配信の直後は、数人とか十人くらいだったはず。


 それがミノタウロスを倒しただけで……500万……。


 自分のスマホが壊れたと言われたほうが納得できる数値だった。


 なおも登録者は増えている。


「あ、ありえないだろ……ほとんど何もしてないのにこんな人数……」


「それくらいみんな衝撃だったってことだよ。それに今どき、大半の人間はSNSやってるし、ダンジョン配信見ないヤツのほうが珍しいだろ。一度バズったらそれくらい増えてもおかしく……いやおかしいわ普通に考えて」


「だろ!? 尋常ないってこの増え方は」


 なにが原因だ? それが解らないことには、怖くて次の配信なんかできやしない。


 そっとスマホの画面を落とし、携帯をポケットに入れて考える。


 すると、俺にいろいろな情報を教えてくれた男子生徒が、なにか思い出したかのように言った。


「——そうだ、東雲千だよ! 彼女の動画に映ったのが始まりなんだから、その影響でもあるだろ」


「……え? 東雲千ってそんなに有名なの?」


「お前ダンジョン配信してるのに知らないの!?」


「いや……他の人のはあんまり見ないし……」


 俺が興味あったのは、白騎士と呼ばれるあの人くらいだ。


 それ以外はほとんど見たことがない。


「東雲千って言えば、新人ダンジョン配信者の中でも群を抜いて有名な子だよ。見た目が可愛いのはもちろん、新人でありながらソロで中層に辿り着いた猛者でもあり、期待の星って言われてる子なんだ」


「ふーん」


 そんなに凄かったのか、あの人。


 思えば、たしかに中層で戦ってる人にしては、かなり若いとは思ってたけど。


「ふーん、て。興味なさそうだな」


「そういうわけじゃないけど、助けたくらいでそんな仲良くもないし」


「まあ、そうだよな普通。でも凄かったんだな、お前。まさかあんなに強いとは……もう、新人最強の枠はお前で決まりだな。きっと、今後はギルドからのスカウトが大量に届くぜ」


「うげ……」


 それはちょっと困るな。


 中堅とか下位のギルドに誘われても、俺には白魔法を極めながらダンジョン配信をするっていう目的がある。


 冒険者ギルドを除くその手の集団は、ダンジョン攻略こそを至上とし、ノルマとかあるらしいからね。


 そんなのに付き合ってられん。


「あ、ところでさ、ひとつ聞いてもいいか?」


「ん? なに」


「お前……なんでまったく適性もないのに白魔法使ってんの? いやほとんど使えてねぇけど」


「ああ、それはね……」


 男子生徒の質問に、俺は笑顔で拳を握りしめた。




 その日、ひとりの男子生徒の悲鳴が、学園中に響き渡ったとさ。




 俺は白魔法使えるし!!


———————————————————————

あとがき。


バズってることを主人公は知る……!

そしてそんな彼に興味を示すのは……?

次回!いおりん誘拐されるの巻(誇張)

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