第5話 黒騎士、伝説になる

 新宿のダンジョン中層から地上へ二時間。


 俺と東雲しののめさんは、無事にダンジョンの外へ戻ってくることができた。


 すでに外はオレンジ色の夕陽が傾いている。スマホの電源を点けて時刻を確認すると、液晶画面には『16時22分』と刻まれていた。


 休日を利用して昼頃にダンジョンへ潜ったから、配信をして、彼女を助けて、地上へ戻るのに、ざっと合計四時間ほどを費やした。


 当初の目的である配信と、お金稼ぎの魔石は入手できたのだ。今回は美少女を助け、早く地上へ戻れたことを喜ぼう。


 ちなみに彼女の名前は、道中、自己紹介をした時に聞いた。東雲ゆきさんだってさ。


 俺と同じダンジョン配信者らしい。


 俺は恥ずかしいから彼女に自分のチャンネルのことは教えていないが、もし彼女が探そうと思えばすぐに見つかるだろう。


 冒険者であるかぎり、顔も名前も、冒険者ギルドの公式サイトの名簿に載っているんだから。




「わぁ……本当に、なんとか帰ってこれました……! ありがとうございます、明墨さん!」


 生きてダンジョンを出れたことが相当嬉しかったのだろう。喜びの表情を浮かべて、彼女は何度も頭を下げる。


「いえいえ。同じ冒険者同士、ダンジョンでくらい助け合うのが常識ですよ。ソロは危険が多いので、次は気をつけてくださいね」


「はい! 次からはしっかりと仲間を率いてダンジョンを攻略します!」


「あはは」


 つい二時間ほど前に死にかけた人間の台詞とは思えないな。意外と元気そうでよかった。


 冒険者の中には、ダンジョンで酷い目に遭って二度と現役に復帰できない者も多いというのに。


「それじゃあ俺はこれで。もう地上ですけど、帰り道はお気をつけて」


「あ、待ってください!」


 ガシッ。


 踵を返して歩き出そうとしたら、後ろから腕を掴まれた。


 冒険者だけあってかなり腕力も強い。


「は、はい? なんですか?」


「その……よかったら、連絡先を交換していただけませんか? 今回はお世話になったので、すぐにお礼を返します!」


「あー……別に構いませんよ。そういう目的で助けたわけではありませんから」


 本音をいうなら、血反吐が出るくらい連絡先がほしい。


 ——美少女の連絡先だぞ? その価値は宝石すらも上回る。


 もしかしたら、ワンチャン俺にも春が訪れるかも!? みたいな淡い期待を寄せられるし、なにより同業者としてたいへん彼女とは絡みやすい。


 本来は逃す手など皆無なのだが……まああれだ。ガツガツしてると思われると恥ずかしいので、思わず断ってしまった。


 拒否しといてなんだが、いますっごい後悔してる。


「明墨さんがよくても私が気にするんです! どうかお願いします、明墨さん!」


「……わかりました。そこまで言われて断るのも失礼に値しますし、では、有名なあのアプリの連絡先を」


「はい。私がQRコードを表示しますね。読み取りのほうお願いします」


 そう言って彼女が、スマホの画面を操作してこちらに見せてくれる。


 俺はカメラ機能を使って彼女が表示したQRコードを中央に捉えると、〝東雲千〟という連絡先がこちらの画面に表示される。


 友達登録をし、新たな——というか家族以外ではごくごく貴重な友人を獲得した。


 うはあああああぁぁぁ————!! 喜びで胸が張り裂けそう!


 負けじと頼んでくれてありがとう! 今日はなんていい日なんだ!


 コメントで罵倒された時はぶちキレそうになったが、その後の東雲さんとの出会いはまさに運命。


 おかげで気分はすっかり全快だ。冒険の疲れなんてまったく感じさせない。


「明墨……庵」


「? 呼びましたか?」


「あ、いえ! なんでもないです! それじゃあ私はこれで。また連絡しますね!」


 ややぎこちない声でそう言うと、彼女は手をぶんぶん振りながら人混みのほうへと消えた。


 最後、妙に焦っていたが……。


「——トイレか?」


 男として女人の内心を察するのは必須能力。俺はできる男なので、彼女の尿意を尊重することにした。


 内心で、「またね」と呟き、俺もまた帰路に着く。




 ▼△▼




 翌日。


 スマホのアプリの画面を眺めているだけでも、時間が経つのは早かった。


 新たな友人の誕生に未だ心を躍らせながら、学校へ行く支度を済ませる。


 今日は月曜日。


 学生から社会人、バブちゃんからモンスターまでもが憂鬱な一日の始まりだ。


 玄関扉の鍵をしっかりかけて、俺は歩き慣れた通学路を進む。


 徒歩十分も歩けば、目当ての目的地、——自分が通う高校が見えてきた。


「…………?」


 なんだろう。


 校門を潜ったあたりから、周りからものすごい視線を感じる。


 ちらちらと周囲を見渡すと、何やらこちらを見ながら小さな声で会話してる集団がいくつもあった。


 な、なんだ? 不気味で不愉快なんだが……俺の顔になにか付いてるとか?


 それともアレか、社会の窓が全開になってるとか?


 念のため片手で確認してみるが、しっかりと閉まっている。今朝閉じた扉と同じだ。


「意味わからん」


 まあ気にしてもしょうがない。だれかが話しかけてくるのを待って、昇降口で靴を履き替える。


 階段を上って二階へ。そこから廊下を歩いて一分。俺の在籍する『1年3組』の教室が見えてきた。


 室内からは賑やかな声が聞こえてくる。すでに夏を迎える現在、入学式を過ぎてから小規模なグループが生まれているのだ。


 そのどのグループとも関わり合いのない俺は、気にせず無言で教室の扉を開けて中に入る。


 いつも通りだれも俺には反応しな————、


「明墨! やっと来た!」


「——いっ!?」


 教室に一歩、足を踏み入れた瞬間に、鼓膜が割れんばかりの叫びが響く。


 数名の生徒が俺のもとへやってくると、両肩を掴んで激しく揺さぶる。


 や、やめめ、やめろおおぉ!! 口から朝食が出るだろ!


「どういうことだよ、明墨! おまえ、すっごいヤツだったのか!?」


「やめ、やめて……うん? すごいヤツ?」


 肩を掴んでくる男子生徒の暴走を止めようとしたが、それよりなんだか気になる台詞を吐かれた。


 微妙に気持ち悪い感覚が胸中に浮かぶものの、それを我慢して逆に訊ねる。


 すると人様の肩を掴んでる男子生徒は、揺らすのをやめて肩から手を離した。


 そして、懐から一台のスマホを取り出す。


 電源を点けて数秒ほど画面を操作すると、ぴかぴかっと光る液晶画面をこちらを向けて差し出した。


「これだよ、これ!」


「んん?」


 まだわからないが、とりあえず差し出されたスマホの画面を見る。


 どうやらネットニュースのようだ。


 個人だか集団だか知らないが、動画サイトやSNSで見かけた事件、気になる話などをピックアップするサイトだ。


 電子新聞に近いような気がする。


 そして、その画面にはこんな文字が書いてあった。




『有名ダンジョン配信者、東雲千を助けた謎の黒騎士! 圧倒的な実力を見せ付けた彼の名前は——新人冒険者の明墨庵!』




「…………はぁ?」


 なんだこれ。

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