第45話 謎のモンスター

「だいぶ片付いたわね」


 煙の立ち上る戦場を見渡して、ふと紅さんがそう呟いた。


 俺も息を吐いて彼女に答える。


「そうですね。追加のモンスターが来たときはどうなることかと思いましたが、割と烏合でした」


「ほんと、何が目的だったのかしら? あたしたちをボスとの戦闘から遠ざけたかった?」


「それにしては、向こうも結構ドラゴンを追い詰めているようですけどね」


 ちらりと轟さんたちのほうへ視線を送る。


 いまだドラゴンとの戦闘は続いていたが、最後に見たときよりかなりダメージが入っている。


 恐らくあのまま続ければすぐにドラゴンは倒されるだろう。何か奥の手でもないかぎり。


「ただのミスか、たまたま増援がきたのか……それをたしかめるためにも、あたしたちはゲートに向かうわよ」


「わかりました」


 先頭を歩き出した紅さんに続く。


 モンスターの死体を乗り越え、俺と紅さんはゲートの中に入る。




 ▼△▼




 ゲートの中に入った。


 S級ゲート閻魔殿の内部は、事前に聞いていたとおりの造りだ。


 ぽつーんとひとつの大きな建物が置いてある。それ以外にはなにも見えない。


「あれが閻魔殿ですか」


「みたいね。物悲しいゲートじゃない。他のゲートはもう少し派手よ?」


「たしかに。これがS級だと初見の人は信じないでしょうね」


「でも奥から漂ってくる尋常ない魔力の圧……これがS級ゲートの証拠ね」


 紅さんの言うとおり、閻魔殿の中から恐ろしいくらい冷たい魔力反応を感じる。


 ここまで不吉なオーラは初めて感じる。


 なんだか無性に嫌な予感がするのはなんでだろう。


「ひとまず中に入るわよ。ゲートを維持してるボスを紫音たちが倒したら大変だしね」


 そう言って紅さんが歩き出す。


 その直後。


 ぴたりと彼女は足を止めた。俺も足を止める。


 ——目の前に誰かがいた。


 人間だ。恐らく人間? 人間っぽい何か。


 人型のモンスターだろうか。そういうのもいるし、別段珍しくはないが……。


「なに、あれ」


 紅さんはスッと腰を落とす。戦闘態勢に入った。


 俺も魔力をまとったまま相手を睨む。


 尋常ならざる魔力の反応を、目の前の人型モンスターから感じた。


「あんた誰よ」


 紅さんが話しかける。


 無駄だとわかっているが、うかつに攻撃できる雰囲気ではなかった。


「お前たちが異界の人間か」


「ッ」


 喋った!?


 いま、確実にモンスターが人間の言語を用いた。


 俺も紅さんも強い衝撃を受ける。


 モンスターはさらに言葉を続けた。


「待ちわびたぞ。お前たちが攻めてくるのを。ずいぶんと遅かったじゃないか、ええ?」


「は、はは……聞いた、庵? モンスターが平然と日本語を喋ってるわよ」


「み、みたいですね……にわかには信じられません。なんですか、あれ」


「あたしが聞きたいくらいだわ。信じられない……あれも人間なの?」


「——正しくは、お前たちから見て異世界人、といったところか」


 男のほうもこちらの言語をしっかり聞き取れているらしい。


 俺と紅さんの話に混ざってきた。


「なに、そう肩を震わせる必要はない。私はお前たちを待っていたのだ。ようやく退屈が薄れる」


「退屈……?」


「ああ。この世界にゲートを開いて何年経った? せっかく我が王の命令で侵略を開始したというのに、なかなか連絡は来ないじゃないか。向こうも裏切りやなんだと忙しいのはわかるが、先に到着した私が暇ではないか。なあ?」


「何を……」


 コイツは何を言ってるんだ?


 その内容を完璧に理解することはできなかったが、少なくともコイツはやはり敵って認識で問題ないらしい。


 紅さんも相手を睨みながら訊ねる。


「あんたの世界の人間が、あたしたちの世界に侵攻しろって言ったの?」


「その通りだとも。この世界はいい。十分な広さがあり、生き物が生活できる。荒れ果てた我が世界を捨て去るにはちょうどいいだろう?」


「ふざけんな。ここはあたしたちの世界よ。あんたらみたいなゴミクズ共、全員残らず灰にしてやる」


 紅さんが両手に炎をまとう。


 そろそろ戦闘が始まりそうだった。


「……ふむ。ずいぶんと嫌われてしまったな。別に我々はお前たちとの共存も視野に入れているのだがね?」


「共存?」


 何の話だ?


 俺が首を傾げると、くすくす笑って男は言った。


「我々にも同じ知能がある。こうして対話ができる。なにも争うだけが道ではない。お前たちはこの世界を我々に譲り渡せばいい。そうすれば犠牲などほとんどなく共存ができる」


「それは……戦わずにさっさと負けを認めろと?」


 俺の言葉に男は頷いた。


「その通りだ。どうせお前たちは勝てない。その振りかざした力は誰のものだ? 我々がお前たちに与えた恩恵だ」


「——ふざけんなって……言ってんでしょ!!」


 炎が走る。


 勢いよく撃ちだされた紅さんの攻撃が、下卑た笑みを浮かべていた男に激突する。


「ここは……あたしたちの世界だっての。死ね! クソ野郎が!」

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