第48話 カイジン

 紅さんが能力を解放する。


 その姿は……まるで炎でできたモンスターだった。


 全身を炎に包んだ彼女。わずかに背丈が伸びたように見える。


「その姿は……ははっ!! こんな所でお目にかかるとはな。貴様、半分しているではないか!」


 紅さんの変化を見た人型モンスターが、凶悪な顔で笑う。


「精霊化……?」


 何の話だ?


 いまの紅さんの状態を男はなにか知っているらしい。


 もともと魔力とは異世界から流れてきた力だと言われている。


 紅さんの能力は、精霊とやらに関係しているのか?


「面白い。精霊と戦う機会は向こうの世界でも稀だ。俺の相手には相応しい」


 そう言うと男はバチバチと雷の勢いを強める。


「うるさいわね……さっさと燃えなさい」


 準備を整えた紅さんが地面を蹴る。


 先ほどより速度が速い。恐らく移動の際に自らを炎の噴射で飛ばしている。出力が上がれば速度も速くなる。


 一瞬にして男との距離を詰めた。


「くくっ!」


 しかし男は元から速い。拳を振り上げた紅さんの攻撃を容易く後ろに避けた。


 紅さんは止まらない。


 周囲の気温すら上昇させて、ひたすら男に張り付きながら素手による攻撃を仕掛ける。


 それら全ては男にかわされて虚しく空を切った。


「どうしたどうした! 殴るだけがお前の力なのか? それでは肩透かしもいいところだぞ!」


「うるさい」


「ぐあっ——!?」


 男が嘲笑した瞬間、これまで以上に速く紅さんが男に迫る。


 今度は男もかわしきれず、紅さんの一撃をガードして吹き飛ばされた。


 爆弾でも当たったかと思えるほどの衝撃を与え、炎と共に男ははるか後方へ消えた。


「速く……なってる?」


 明らかに紅さんの速度が上がった。


 体にまとう炎の量——魔力の量もどんどん上昇している。


 こんな事がありえるのか?


 出力が増えるのはわかる。それだけ魔力を放出してるってことだ。


 しかし、体内を循環する魔力の量が……総量が増加しているように思える。


 それもこの短時間に、急激に。


「これが……特級冒険者の力?」


 常軌を逸していた。戦えば戦うほど強くなる相手など無敵に近い。


 恐らく上限はあるだろうが、少なくとも魔力量はいまもどんどん増加している。それは紅さんの外見にも表れていた。


「くく……ははは!」


 遠くで男の笑い声が聞こえる。


 そう思った瞬間には目の前に男が戻ってきていた。


 口から血を流して叫ぶ。


「なるほどな! 精霊との親和性がそこまで高いのか! まるで君主のようではないか! 悪くない! だがまだ甘い! もっと俺を楽しませてみろ! 女ぁ!」


 男の魔力放出量が上がる。


 まだ伸びるのかと俺は驚愕した。


 対する紅さんは、無言で男に殴りかかる。


 赤と黄色の閃光があちこちに飛び回った。


 紅さんはパワーも速度も時間の経過と共に上がっていく。


 対する男は、それに合わせて魔力を放出していた。お互いに互角の戦いが繰り広げられる。


「————竜の尾ドラゴンテイル


 紅さんが回し蹴りを放つ。


 当然のように男はそれを避けるが、紅さんの足から伸びた炎が男を追撃した。


「ぬううううおおおおお!!」


 人型モンスターは腕を焼かれながらもその炎を雷で弾き飛ばす。


 紅さんのほうへ雷は迫るが、それを俺の闇の魔力が吸収、崩壊させた。


「ちぃっ! やはりお前が一番厄介だな、男。俺の戦いに水を差すとは許せん」


 バチバチバチッ。


 閃光が走る。


 俺の背後に男が回った。


 どう頑張っても紅さんをすぐに倒すことはできないと考え、再び俺のほうへ狙いを定めた。


 出力を上げれば俺の防御を貫通できると考えたらしい。


 おまけに速すぎて反応が遅れる。


 しかし。


「——庵に触れないでちょうだい」


 ほとんど同じ速度で追いかけてきた紅さんに、攻撃する前に反撃を受けた。


 炎に包まれて男が爆ぜる。


 当然、近くにいた俺もそれに巻き込まれた。


「うえ~……俺ごと爆発させるなんて酷いじゃないですか、紅さん」


 深淵の帳の効果でダメージゼロだったものの、俺は煙を片手で晴らしながら文句を漏らす。


「どうせ防げてたんでしょうけど、助けてあげたんだしいいじゃん。ナイスガッツ!」


 グッと三メートル近くまで高くなった彼女が、親指を立てながら笑う。


 ぜんぜん笑えませんがな。


 いまの攻撃だけでも相当な魔力が込められていた。


 俺の魔力もごっそり奪われましたが?


「ぐ、ぅ……! 厄介だな。まるで君主二人を相手にしてるようだ」


 爆発の威力で片腕を失った男がなおも立ち上がる。


 あれだけの攻撃を受けながらまだまだ元気そうだった。


「しかし、それでも君主には及ばない。くくく……それで全力かね?」


 笑い、徐々に腕を再生させる人型モンスター。


 やはり俺たちとは根本的に異なる生命体だ。普通、腕が吹き飛んだら生えたりしない。


 どんだけ頑丈なんだ。


「まったくしつこいわね……これ以上出力を上げると、私もクソ疲れるんだけど……」


 言いながら、さらに紅さんの魔力総量が跳ね上がり——。

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