第49話 黒騎士、横槍を入れる

 紅さんの体が三メートルを越えた。


 まだ体は大きくなっている。まるで炎の巨人だ。


「面白い……面白いぞ、人間!」


 対抗するかのように人型モンスターの魔力出力が増加していく。


 互いに全力の一撃をぶつけようとしていた。


 俺はやや二人から離れた位置に陣取る。


 俺の役目は紅さんの援護だ。余計な真似はしない。


「悪いけど、手加減はできないから。灰になっても恨まないでね」


「それはこちらの台詞だ。仲間に引き入れてもよかったんだがな……そうも言ってられないらしい」


 バチバチ。ゴウゴウ。


 二つの属性が圧倒的な規模で巻き起こる。


 程なくして二人の魔力が一定ラインを推移する。


 恐らく魔力の上限に達したのだろう。


 紅さんは五メートルほどの巨人になっていた。


 人型モンスターも全身に雷をまとい、バチバチとその余波が周囲を焼き焦がす。


 遠く離れた俺のほうにも炎と雷による余波はきていた。


 展開している深淵の帳の影響でダメージこそ負わないが、それでも目に見えて彼女たちの周囲は危険だとわかる。


 そして、終わりがやってきた。


「————竜の息吹ドラゴンブレス!」


 紅さんが両手から巨大な竜を模した炎を放出する。


 圧倒的な大きさだった。


 五十メートルはあろうかという炎の竜が、勇ましく男を捉える。


 これまで速度で翻弄してきた人型モンスターは、まるで紅さんに合わせるように雷を集束。極太の光線のように撃ち出す。


 炎と雷がぶつかった。


 激しい衝撃を周囲に放つ。


 双方、魔力放出量は拮抗していた。わずかに紅さんのほうが勝るか?


 しかし、簡単には押し出されない。男も維持をみせる。


「おおおおおお! 貴様のような半端ものに、俺は負けんッッッ!!」


「はあああああ! さっさと、消えろ! 害虫があああああ!!」


 二人の魔力が世界を鮮やかに染め上げる。


 命を懸けた戦いにも関わらず、俺はそれに見入った。


 強者同士の最後に相応しい、素晴らしい一撃だと思う。


 だが、これはあくまで人類vs異世界のモンスターの争いだ。そこに武士道や騎士道精神のようなものはない。


 何が言いたいかと言うと——。




「カハッ……!?」


 人型モンスターが口元から血を流した。


 人型モンスターの胸元には、深々と刺さっている。


 魔力を放出したまま、前方やや右にいる俺を見た。


「き、貴様……よもや、横槍など……」


「ははっ。お前ら侵略者がそれを語るのかよ。悪いけど、攻められた側の俺たちは勝てばいいんだ。敵であるお前に容赦なんてしないよ」


 魔剣グラムが男の体を吸収、崩壊させる。


 細胞が次々に剣身に吸い込まれて消えていった。


 血液や欠陥、皮膚や骨もお構いなしだ。


 全身を走る激痛に、人型モンスターは醜い叫び声をあげる。


「庵……あんた意外と鬼畜ね」


「紅さんまでそういうことを。俺は何も間違ってませんよ?」


「いや、横槍の件は別にいいんだけど、じわじわ殺すなんてエグわぁ」


「え? そ、そうですか? でも、こうしないと確実に殺せないかもしれないし……」


 俺が悠長にグラムを構えて切断しようものなら、魔力の反応でギリギリかわされる恐れがあった。


 ゆえに、俺は最速で攻撃できる突き技を繰り出したのだ。


 拷問みたいな真似をしているが、これはしょうがない。うん、しょうがない。


「ぐあああああ! に、人間風情がああああ!」


 男は徐々に体をボロボロに崩しながら嘆く。


 いま、男の体内には極小の擬似ブラックホールのようなものが存在している。


 内側から肉体が崩壊していけば、そりゃあ痛いし苦しいだろう。


 けれど勝手に戦闘を始めたのは、ゲートを開いたのはそちらだ。これくらいの覚悟はできていたはず。


 俺は魔力を解除することなく魔法を発動し続けた。


「意外と元気ですね。普通、そこまで体が崩壊したら死ぬはずなのに」


 すでに男の左上半身は俺のグラムに吸収・崩壊させられている。


 心臓も骨も臓器すらも消えてなお、人型モンスターは元気そうに呻いていた。


 根本的に生物としての差を感じる。


 だが、それもあとわずか。


 徐々に首元や頭部すら吸収され始めて——。


 スウウゥゥッッ。


「「ッ!?」」


 魔剣グラムによる攻撃を受けている最中、男の背後にゲートが開いた。


 俺たちが入ってきたのと同じゲートだ。


 ゲートは縦に割れ、空間を歪めてひとり分のスペースを確保する。


 中から出てきたのは……道化師風の外見をした恐らく男性。


「おや? これはこれは……様子を見に来て正解でしたね。まさかここまでアナタが痛めつけられているとは」


 そう言うと、男の反応を待たずに道化師風の男は手を伸ばして肩に触れる。


 刺さっていたグラムから無理やり瀕死の男を引っ張り出し、血肉が引き裂けるのも構わずゲートの中へ放り投げた。


「しまっ!? 逃げられる!」


 慌てて俺は攻撃を行うが、すでに道化師風の男もゲートの中に入っていた。


 最後、その姿が消える直前、


「バイバイ、皆様。またお会いしましょう」


 と手を振っていた。

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