第50話 S級ゲート攻略
S級ゲート閻魔殿にいた謎の人型モンスターを追い詰めた俺と紅さん。
しかし、あと一歩のところで仲間と思われるもうひとりの人型モンスターが姿を見せ、戦っていた男をゲートの中に引きずり込んでしまった。
ゲートは閉じる。
まるで何事もなかったかのように全てが終わった。
「……なに、いまの」
拳を握り締めた紅さんが小さく呟く。
「恐らくあの男の仲間かと。逃げられましたね……」
「チッ! あと一撃もあれば倒せていたのに!」
乱暴に紅さんが地面を殴る。
まだ紅さんは変身したままだ。凄まじい衝撃が地面を深々と抉る。
「まあまあ。ゲートから撤退させるという目的は果たしたのでよしとしましょう」
「でも!」
「俺たちの目的を勘違いしないでください。あくまで閻魔殿をなんとかするのが仕事です。過ぎたことを気にしてもしょうがない」
今回の場合、俺たちがどれだけあの人型モンスターを恨んでも解決しない。
相手はゲートの向こう側——恐らく異世界へ帰還した。ゲートを開くことができない俺たち人間にはどうしようもなかった。
「……庵は冷静ね」
紅さんが変身を解いて元の姿に戻る。
ぶすっと頬を膨らませて拗ねていた。
「紅さんが俺の代わりに怒ってくれましたから。それに、勝ったことに変わりはありません」
「それもそっか」
ようやく紅さんの中で今回の騒動の折り合いがついた。
悔しそうに笑って彼女は宣言する。
「けど、次会ったときは絶対に逃がさない! 異世界のゲートごと燃やしてやるわ」
「周りには気をつけてくださいね」
彼女の全力は下手すると周りへの被害のほうが大きそうだ。
俺は何も言わないが、実は深淵の帳を貫通してダメージを受けていた。それだけ彼女の魔力総量はとんでもない。
正直、魔法を発動した状態でダメージを受けるのは冒険者になって初めてだ。さすが特級冒険者。
「わかってるわよ、それくらい。それよりさっさとここを出ましょ。あの人型モンスターがいなくなったなら、制御がなくなってゲートが崩壊を始めるはずよ」
紅さんがそう言ったタイミングで、閻魔殿が大きく震動を始めた。
「あ、ほんとですね」
急いで俺と紅さんは外に出る。
遠くではもう雷は発生していない。恐らく轟さんたちがあのドラゴンに勝利したのだろう。
紅さんが無線を繋ぐ。
「あー、もしもし。そっちはドラゴン倒したの、馬鹿紫音」
『誰が馬鹿ですか誰が。わたくしと花之宮さんが協力したんです、あの程度のモンスター、倒して当然でしょう?』
『えー? 僕もいるよ~?』
相変わらず無視されてる天上さんの声が聞こえてきた。
無線で喋ればいいのに遠くから声が聞こえる。
「そ。こっちもゲートの件は片付いたわ。話したいことがたくさんあって上手くまとめられない。ゲートも崩壊を始めたからさっさと帰りましょ」
『あら、ゲートが崩壊するんですね。よかったです。これでまた少しずつではありますが、千葉県が元の姿を取り戻せる』
『ほとんど瓦礫に埋もれてるから、一から再開発しないといけないけどね』
全員が談笑モードだった。
S級ゲートの攻略に誰もが肩の荷を下ろす。
俺もまた、空を眺めてひと息ついた。
すると、雨雲に覆われていたはずの空から、眩しい太陽の光が差し込む。
背後で完全にゲートが閉じると、俺たちの任務は終了した。
▼
S級ゲート閻魔殿から逃亡した人型モンスターは、薄暗い洞窟の中に倒れる。
大量の血が流れた。
「ハァ……ハァ……ずいぶんと、遅かったではないか。危うく殺されるところだった」
倒れた男は、こちらを見下ろすもう一人の男——ピエロに話しかける。
「申し訳ありません。野暮用で方々を走り回っていました。これでも早く駆けつけたつもりでしたが……向こうの世界にもあなたを倒しうるほどの手練れがいるんですねぇ」
「ああ。油断したとはいえ相当な力量だ。特に厄介なのは男のほう」
「男……というと、あなたにそこまでの深手を負わせた?」
「ああ。あの男の能力は、魔王によく似ている」
「魔族の君主と……ふむ。それはたいへん興味深いですね」
「魔王が生きていれば検証できたんだがな。奴のほうはどうなっている?」
徐々に倒れた男の肉体が再生を始める。
「彼ですか。順調ですよ。完全に適合するのは無理ですが、五割……か六割くらいは能力を使えるでしょう」
「五割……いささか不安は残るな」
「仕方ありません。彼以上の適合者となると、味方になる可能性は限りなく低いですから」
そう言ってから道化師風の男はゲートを開く。
「では私はこれで。今回の件を君主様に報告しないといけないので」
「ああ。助かった。俺も再生が終わってからすぐに報告に向かう」
道化師風の男がゲートに入っていく。すぐにゲートは閉じて消えた。
洞窟の中、男は静寂を感じながらも小さく呟いた。まるで呻くように低い声で。
「……くく、くくく。この礼はたっぷりとするぞ。次こそは、奴らを地に伏せさせてやる!」
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