第80話 黒騎士、スカウトされる

「俺が……今回のゲート攻略戦における……要?」


 花之宮さん直々の名指しだ。驚く。


「はい。何せ今回のゲート攻略は……市街地からそう遠くない場所で行われます」


「あ」


「言いたいことが解りましたか?」


「は、はい」


 俺はすぐに彼女の言葉を理解した。


「今回は前みたいに好き放題暴れられる場所じゃないからねぇ」


「前回は千葉県全域が戦場だったな。それに比べると、失楽園は街中にあると言ってもいい」


「剣さんの仰る通りです。閻魔殿のときとは、戦い方も規模も異なるゲート……その上で、重要になるのが防衛力」


 花之宮さんがそう断言する。


 俺はごくりと生唾を呑み込んだ。


「ゲートから出てくるであろうモンスターを、市街地のほうへ行かせないために……守る、と」


「正解です。明墨さんのように聡明な方と会話ができると楽ですね。どうでしょう。これを機に我がギルドへ入りませんか? もちろん、天照に負けない条件を出しましょう」


「——ちょっと春姫!? なに言ってんのよ! 庵はあたしのものなんだけど!?」


 じろり、と紅さんが花之宮さんを睨む。


 花之宮さんは笑顔を崩さないが、その表情の裏に不思議と黒い感情が見えた気がした。


「いいではありませんか。そちらには剣さんたち冒険者ギルドもあるのです。常に人手を欲している我がギルドにこそ、明墨さんのような——黒騎士のような存在が必要になるんです」


「十分いるじゃない! 全ギルドで最多のメンバー数でしょうが! これ以上なにを求めるんだか……強欲ね」


「ふふふ。紅さんほどではありません」


「言うじゃない。あんたとは前に戦ったことあるけど、決着つかなかったのよねぇ」


 ちりちりと紅さんの魔力が放出された。


 微量ではあるが、彼女の魔力は熱を帯びている。少しだけ室温があがった。


「懐かしいですねぇ。お互いに本気を出すと周囲への被害が甚大になりますし、剣さんに止められたんでしたっけ」


「ちょうどいいし、あのときの続きでもしましょうか。今のあたしは昔よりはるかに強いわよ?」


「それはこちらとて同じ。すべて防御しきって、反射して差し上げましょうか?」


 睨む紅さん。笑顔で挑発する花之宮さん。


 二人の視線が交差し、バチバチと火花を散らす。


 花之宮さんまで薄っすらと魔力を出し始めたので、さすがに剣さんが止めに入った。


「お前たち……こんな所で暴れるつもりか? 今がどういう状況なのかわかっているんだろうな?」


 ぴりっ。


 剣さんが発した威圧が、二人を同時に抑える。


「ッ……! わかってるわよ。ただの冗談じゃない」


「老体には堪えましたか? 申し訳ありません、会長」


「……まあいい」


 やれやれと剣さんは肩をすくめる。


 なんだかんだ剣さんはかなりの苦労人だ。他所の応援に駆けつけてまでそうなんだから。


「さっさと話を戻せ」


「……解りました」


 渋々といった風に花之宮さんは頷く。


 紅さんも魔力を散らして座り直した。


「えっと、どこまで話しましたかね?」


「ゲート攻略戦のところですね。今回は防衛が大事だって」


「ああ、そうですそうです。ゲートはこのギルドのそばに発生しました。裏手の神社ですね」


「神社?」


「ええ。そこの境内の前に発生しました。幸い、ギルドホームの近くなので常に見張っておけます」


「でも、市街地からあまりにも近すぎるんじゃ……」


 ほとんど目と鼻の先だ。


「はい。だから明墨さんに協力してもらいます」


「俺に?」


「紅さん曰く、あなたにはかなりの量の魔力があるとか。それを展開し、周囲を覆うこともできるそうですね」


「え、ええ、まあ」


「わたくしも似たような真似はできます。なので、夜更け、モンスターが現れる頃を見計らって結界の展開をお願いします」


「俺が結界を? 花之宮さんのほうがいいんじゃ……」


「わたくしの結界は派手ですからね。明墨さんのほうが適しています。音や衝撃、あらゆるものを防ぐのでしょう?」


 ああ、なるほど。


「そういうことでしたら、解りました。その依頼、引き受けます」


「ありがとうございます! やはり明墨さんはぜひともウチのギルドに……」


「春姫ぇ……!」


 ガリガリッ。


 魔力が漏れ出た紅さん。爪で頑丈そうな床板を削った。


「もうっ。冗談なんですからいちいち過剰に反応しないでください。その床板、かなりお高いんですよ!」


「あんたが悪いんでしょうが! そんなに実力者が欲しいなら、天上あたりにでも声かけたらぁ? 喜んで入ってくれるわよ!」


「天上さんは嫌です」


 ずばっと言葉のナイフが天上さんを抉る。


 本人、ここにいないのに貶されるのは可哀想すぎるだろ……。


「そういうあなたこそ、天上さんで我慢してください」


「嫌よ気持ち悪い。絶対にぶっ飛ばす自信があるわ」


 天上さん……。


 俺はもう二人の会話を聞くのはやめた。


 話もそれなりに進んだので、俺と剣さんは別の部屋に移動する。シロも後ろについてきた。

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