第78話 和室
俺、シロ、紅さんを乗せた車は、しばらく走り続けて数時間後には京都に着いた。
最初から新幹線とかで行ったほうが早かったのでは? と思ったが、車の中は快適だったのでよしとしよう。
徐々に、遠くに大きな建物が見えてくる。
「あれって……もしかして?」
「そう。あそこが春姫のギルド〝世界樹〟のギルドホームよ」
「大きいですね」
「あたしの所だって大きいじゃない」
「なんで張り合うんですか……」
「あたしはなんでも一番になるのが好きなの」
「さいで」
まあ実際、紅さんのギルドホームもかなりデカい。
負けていないどころか勝ってさえいる。
だが、そんなことは正直どうでもよかった。
俺も天照に所属する冒険者だが、どちらが大きいかは別に……。
「——着いたぞ。降りてくれ」
車がゆっくりとギルドホームの前に到着。
俺とシロ、紅さんが車から降りた。
「私は車を地下の駐車場に置いてくる。お前たちは先に花之宮のところへ行ってくれ」
「了解。行くわよ、庵。ついてきなさい」
すたすたと歩き始めた紅さん。その後ろに続く。
「紅さんは来たことあるんですか?」
「ええ。何度かね。たまに力を貸してあげてるの」
「日本でもトップのギルドなのに?」
「春姫のところは防衛と治癒を専門にしてるわ。殲滅はそんなに得意じゃないのよ」
「なるほど。ウチとは真逆ですね」
「ほんとにね。でも、それだけあって、京都は日本国内でも最高の治安を誇るわ。これまで一度もゲートによる住民の被害を出したことがない」
「それはまた……」
素直にすごいな。
ゲートっていうのは、いつ、どこに現れるか解らないものだ。
それを発見し、未然に防いでいるってことか。
何か秘密でもあるのかな?
「たしか春姫曰く、相当数の人員を街中に配備して、どこにゲートが出てきてもいいようにしてるらしいわ。カメラの数もかなりあるみたい。変なことしたら一発でバレるわよ」
「しませんよ。俺をなんだと思っているんですか……」
「冗談冗談」
「でも、そんな数の監視カメラ、すべてリアルタイムで監視し続けるのは難しいんじゃ……」
「そこも人員よ。数は力ってね」
「だから世界樹は、全ギルド中もっとも構成員が多いんですね」
「そゆこと。冒険者は片っ端からスカウトしてるらしいわよ」
雑談もそこそこに、受付を通り抜けてエレベーターに乗る。
紅さんほどのビッグネームなら、ほとんど顔パスで通れる。
一応、俺は冒険者ライセンスを提示して通してもらったが、紅さんの場合はそれすらなかった。
信用度がすごいな。
エレベーターは最上階へと上がった。
扉が開くと、なんていうか……。
「——和室?」
急に俺の視界に和室が飛び込んできて。
床はすべて畳だ。エレベーターを出てすぐのところに、靴を脱ぐ玄関みたいなのがある。
「凄いでしょ。最初はみんな面喰らうのよねぇ。外観は普通のビルなのに、なんで内装だけ和室やねん! って」
「びっくりしました……畳に襖まであるとは……」
「壁以外はすべて春姫がこだわって注文したらしいわよ。他の階は全部普通なのに、ここだけおかしいの」
「——おかしい、なんて酷いと思いませんか? ねぇ、明墨さん」
「花之宮さん」
話の最中、急に奥から花之宮さんが姿を見せた。
「また監視カメラを見てたの?」
「ふふふ。人聞きが悪いですよ、紅さん。わたくしはただ待っていただけ。連絡をくれたのは部下です」
「部下に連絡させるのがあんたの指示でしょうか」
「否定はできませんね。どうぞ、そちらで靴を脱いであがってください」
「失礼します」
靴を脱いで言われるがまま室内? に入る。
花之宮さんに案内されたのは、これまた見事な居間だった。
掛け軸やタンスまである。
テーブルは木製。生け花に……あの抹茶を作る陶器みたいなのがあった。
本格的すぎるだろ。囲炉裏っておい。
「どうでしょうか、わたくし自慢の和装は」
床に座った花之宮さんが、にこにこ笑顔で訊ねる。
「相変わらず堅苦しい感じがするわぁ。あたしは洋装のほうが好きね」
「紅さんには訊いてません。わたくしは明墨さんに訊ねているのです」
「俺は結構好きですね。驚きました。落ち着くって表現がいいのかな。すごいですね」
「あらあらまあまあ。明墨さんは噂に聞く好青年っぷりですね」
「噂?」
「今や明墨さんの名前を検索するだけで様々な情報が出てきますよ。皆さん、明墨さんには——いえ、黒騎士には好印象ですね。紅さんも含めて」
ふふ、と彼女は上品に笑う。
仕草も含めてまさにお嬢様って感じだ。
しかし、その瞳が細められた。急にぴりっと空気が切り替わる。
彼女の視線の先には、俺の後ろに続いていたシロがいる。
お互いに見つめあい、彼女は言った。
「そちらの彼女が、神楽から聞いた異世界の住民ですか」
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