第90話 黒騎士、終わらせる

「ッ!?」


 黒衣の男の腕が切断される。


 鮮血が中空を舞い、男の魔力が制御を失って爆発した。


 男ごと周囲が吹き飛ぶ。


「ふむ……さすがに良い反射神経をしている。首を狙ったんだが……」


「す、凄いですね……剣会長ってあんなに攻撃範囲が広いんですか?」


「私の能力は緑魔法——風だ。薄く、鋭く、速く伸ばせばあれくらいはできるとも」


「いやいやいや! 初めて見ましたよ……」


 これが現役を引退してもなお、特級冒険者で最強と言われる男の実力。


 俺が展開した結界内であれば、どこにいても攻撃が届く。おまけに剣さんの攻撃は不可視。


 魔力の反応を探知するか、音で前兆を捉える必要がある。


 回避は困難だ。おまけに殺傷性もピカイチ。


 人生で初めて恐ろしい、という感情を抱いた。味方であるはずなのに背筋が冷たくなる。


「さてさて……今ので自爆してくれていると嬉しいが……まあ無理だろうね」


「はい。魔力の反応は健在です。それに……随分とタフだ」


 タイミングよく煙が晴れる。


 するとそこには、無傷の状態の人型モンスターが立っていた。


 ダメージは負ったのか、傷がわずかに再生する瞬間が見えた。


「クソッ……貴様、ふざけた攻撃をしやがって……!」


「何もふざけていないとも。立派な斬撃だろう? ——そら」


 再び剣さんが剣を振る。


 その攻撃速度もありえないほど速い。常人なら、剣さんが刀を抜いて納めるまでが目に追えないだろう。


 何もしていないと思えるほど速かった。


 そして、不可視の斬撃が飛ぶ。


「なめるなっ!」


 黒衣の男は剣さんの攻撃をかわした。


 さすがに二回連続となると、魔力の反応で軌道が読める。動きの速い人型モンスターなら避けるのにそう苦労はしなかった。


「何度も何度も同じ攻撃が俺様に通用するとでも思ったのか?」


「ははっ。流暢に喋るじゃないか。別に私だって通用するとは思っていない。だが……それもさらに速く、なおかつ連続で行えば……希望があるとは思わないかね?」


「なんだと?」


 不穏な言動に、人型モンスターが眉を下げる。


 切断されたはずの腕をくっ付け、その手に魔力が溜められていった。


「次はない。ここから先は俺様のターンだ」


「そう焦ることはない。まだまだ——私の攻撃は終わっていないのだから」


 剣さんが刀を抜いた。


 不可視の斬撃を飛ばす。


 黒衣の男はそれを避ける。


 また剣さんが刀を振る。


 男は避ける。


 ——その感覚が、どんどん短くなっていった。




「ぐっ!? こ、これは……」


 剣さんが刀を振る。


 男が避ける。


 振る。振る。振る。避ける。振る。避ける。振る。振る振る振る振る。


 それはもはや単なる攻撃ではない。


 息を整える暇すらない、超怒涛の連撃だった。


 すべての攻撃が必殺の威力を持ち、相手の急所を的確に狙っていく。


 しかも距離も関係なく、不可視で速い。


 悪夢だ。これが剣景虎の今の戦闘スタイル!


 絶え間ない斬撃が繰り返され、やがて黒衣の男の回避が間に合わなくなる。


 そして、


「ぐあああああああ!?」


 その体が何分割にも切断された。


 腕が斬れ。足が飛び。体が裂け。最後には首が落ちる。


 あまりにもあっけない最後だった。男の体がバラバラになって地面を転がる。




「——ふう。どうにか、なんとかなったようだね」


 剣さんは相手が倒れるのを見て刀を納めた。


 その額にはじわりと汗をかいている。歳には勝てないと前に言ってたが、体力はやはり衰えているらしい。だが、凄まじく強い。


「まさかあの人型モンスターをこんなあっさりと倒すなんて……」


「ははは。まだまだ若者には負けないさ。老いぼれには老いぼれなりの意地があってね」


「ぜんぜん老いぼれには見えませんよ。——とにかく」


 ちらりと倒れた人型モンスターを見る。


 大量の血を流して死ぬ寸前だった。むしろあの状態でまだ生きているのが不思議でしょうがない。


「これで終わりですか。ゲートも閉じるでしょうね」


「そうだと嬉しいが……ふむ」


「? どうしました、会長」


「いや……あの男からはなんだか嫌な感じがする。まだ終わりではないのかもしれないな」


「え?」


 剣さんが不穏なことを口走る。


 直後、


「クソガアアアアアア!」


 倒れたはずの男が、耳に響く大きな声を発した。


「ふざけやがって……爺が! 爺がああああああ!」


 男から大量の魔力が放出される。


 慌てて剣さんが追い討ちをかけるが、その攻撃は男の放出した黒い魔力によって弾かれた。


「ッ!? 今のは……」


「俺と同じ魔力……崩壊の力か!」


 闇は剣さんの攻撃を防いだあとで男の体を覆った。


 散らばった体のパーツを集め、魔力によってそれを縫い合わせていく。


 魔力であんな真似ができるなんて……マジか。


 見ていられたのもそこまで。次は俺が攻撃を仕掛ける。


 魔剣グラムを伸ばし、浮かび上がった男へ切っ先を向けた。

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