第93話 顕現

「それなら……俺は特に不満はありませんね」


 闇の君主からの提案を受け入れる。


 俺にとってマイナス要素はなかった。


「最初からシロは守るつもりでしたし、異世界からの侵略者である連中を倒すのが目的でもあります」


「ありがとう。契約はここに果たされたわ」


「契約?」


 首を傾げた瞬間、俺と彼女の間に黒い線が結ばれた。


 それは薄っすらと空気に溶けて消える。


「今のは……」


「ちょっとした魔法の一種よ。互いに決めた条件を遵守する誓いの魔法。破ればあなたは私の加護を失う。逆に私は、あなたを強制的に助けなきゃいけない」


「そっちだけなんだか重くありませんか?」


 今の話を聞くかぎり、俺には選択権があるけど、彼女にはそれがないように思える。


「ええ。それが契約を持ちかける側の責任よ。それに、今の私ではそれが限界。でも、この契約を結んだことでより強固に私たちは結ばれた。あなたを依り代に、向こうの世界で私も顕現できるはずよ」


「……え? け、顕現?」


「手を貸してあげるって言ったでしょ? 戦闘能力にはあんまり期待しないでね?」


 そう彼女が言った瞬間に、世界が唐突に終わりを迎える。


 ぐらぐらと不規則に乱れ始めた。


「あら……もう限界ね。そろそろ外の世界も佳境に入ったはずよ。あなたと私の力で……あの偽者に鉄槌を下しましょう?」


 闇の君主はこちらに近付いてくる。


 足場すら不安定になった中、彼女は俺に腕を伸ばして……たしかに、触れた。


 視界が暗転する。




 ▼△▼




「——ハッ!」


 飛び起きる。


 気付いたときには俺は倒れていた。仰向けになっていたのは、シロが動かしてくれたのかな?


 視線を移動させて隣に座っていたシロを見る。


「シロ……俺は……」


「うん。わかる。あなたの中に……闇の君主の魔力を感じる」


 ズズズ。


 ごくごく自然に、魔力が俺の体から漏れ出た。


 俺は魔力を操作していない。つまり、勝手に魔力が出たわけだが……。


 闇色の魔力が徐々に人の形を成していく。それは先ほどまで見ていた女性に酷似しており、俺とシロは同時に驚いた。


「「や、闇の君主!?」」


 彼女は夢? で見た闇の君主そのものだった。


 魔力で作られた体を眺め、問題ないと判断すると、彼女の視線がこちらに向く。


「イオリはさっきぶりね。そして……久しぶりになるかしら。今はシロって呼ばれているそうね。せっかくだから、私もそう呼ぶことにするわ。シロ」


「どうして……闇の君主様が……」


「イオリの魔力が想像以上に私に近かったの。おかげで、イオリを介して私がこうして表に出てくることが可能になったわ」


「死霊術の一種ですか」


「そうね。あなただからこそ出来た荒業だけど」


 くすくすと彼女は小さく笑う。


 久しぶりに魔力と体を得られて機嫌がよさそうだ。その場でくるりと回ってみせる。


 すると、それを見つめていたシロがぽろぽろと涙を流す。


「君主様……君主様!」


 勢い余って彼女に抱きついた。


「おっとっと。なあに、シロ。まだまだ子供ね、あなたは」


 闇の君主はシロの頭を優しく撫でてあげる。


 まさに親子のような光景だった。余計な水は差さないように見守っていると、遠くから声が飛んできた。


「き、貴様!? なぜ貴様がここにいる! 闇の君主!」


 人型モンスターだ。空気が読めず、今さらながらに彼女に気付いたらしい。


 そう言えば周りに展開した魔法が消えていない。気絶しながらも魔力操作を行っていたのか、俺。


「そう言えば……あなたとも久しぶりだったわね。よくもまあ、私のことを裏切って殺してくれたわ」


「ぐっ……! あ、あれは国のためだ! 俺は悪くない!」


「人の力を奪っておいてよく言う。その魔力は、あなたではなく私のものよ?」


「違う! 今は俺のものだ! 死者の分際で今さら何を語る!? もうお前の時代は終わったんだ! 諦めて死者の世界に帰るがいい!」


 人型モンスターが膨大な魔力を練り上げる。


「アイツ……まだこんなに魔力を……」


 恐ろしい魔力の量だ。これまでの戦いではやはり全力ではなかったとわかる。


 だが、俺の魔力ではあの攻撃を完璧に相殺できない。


 俺は切り抜けられるだろうが、魔力だけで構成された彼女と、シロはまずいことになる。


 何か方法は……。


 悩む俺に、いつの間にか隣に立っていた闇の君主が声をかける。


「心配いらないわ、イオリ」


「闇の君主」


「その呼び方、長くない? 私にも何か名前をつけてちょうだい。クロでもいいわよ。というか、クロにしましょう。シロとお揃いでちょうどいいわ」


「勝手に名前を付けてるじゃん……というか、何が心配いらないの?」


「あの攻撃よ。たしかに魔力の量は私の魔力も含まれるから多いけど……それなら、あなたも同じでしょ?」


「俺も……」


 たしかに、意識するとわかる。


 俺の中にも……先ほどまでとは違った膨大な魔力が眠っている。


 なんとなく……いけるような気がした。


 真っ先に、俺は展開しているすべての魔法を解除した。




———————————

あとがき。


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