第92話 闇の君主、現る

 シロが俺に近付いてきて、あの謎の黒い水晶玉を差し出す。


「それは……」


「闇の君主の魂が込められたもの。これをイオリにあげる」


「俺にそれを呑み込めとでも?」


「そう」


「いやいやいや! たしかにパワーアップは憧れるけど、普通に考えてリスクが高すぎる……」


 下手すると死んじゃうみたいなこと言ってたよね?


 この状況で俺が欠けたら、紅さんたちはさらにピンチになる。そうでなくても、怖くて勇気が出ないよ……。


「大丈夫。イオリならきっと適合できる。私の勘がそう言ってる」


「勘って……怖いよ、普通に」


「でも、このままだと負ける可能性がある。これを使えば、イオリはさらに強くなれるよ」


「……そうだけど」


 本当にそれが正しい判断なのか?


 たしかにあの人型モンスターは強い。普通に戦い続ければ負ける可能性が高かった。


 何より、相手はまだすべてを出し切っていないように見える。


 その状態で拮抗してる時点で、勝機はかぎりなく薄かった。


「俺が……闇の君主の力を……」


 ジッとシロの手に握られた水晶玉を見つめる。


 不思議とその水晶玉に意識が引っ張られる。まるで向こうもそれを望んでいるかのような錯覚を覚えた。


 ゆっくりと水晶玉に手が伸びる。ごくごく自然に、それに触れていた。


「あ」


 気付いたときにはもう遅い。


 ただ触っただけなのに、水晶が闇色に解けて俺の体にまとわりついた。


「うわっ!? なんだこれ……」


「大丈夫。今から、闇の君主の力があなたの中に流れ込む」


「これが……ぐっ!?」


 どろっとした液体が、俺の体に吸収されていった。


 直後、体に痛みが走る。


 思わず立っていられなくなり、膝をついて蹲った。


「し、心臓が……張り裂けそうだ……!」


 熱い。鼓動が早くなる。視界が揺れ、霞んでいく。


 本当にこれって大丈夫なのか? 触らなきゃよかった……。


 そんな考えが脳裏を過ぎる中、意識が薄れていくにつれて、鮮明に女性の声が聞こえた。




『あなた……不思議な気配がするわ』


「だ、れ……」


『私によく似ている。似ているのに、違う。でも……依り代にはちょうどいい』


「より……し、ろ?」


『あなたの体を介してなら……恐らく私が復活できる。そうすれば……次こそは……』


 声が遠くなっていった。


 同時に、俺の意識が闇の中に落ちる。




 ▼△▼




「…………」


 目覚めると、真っ暗な世界に寝転がっていた。


 すぐに記憶が蘇る。


 勢いよくバッと起き上がると、目の前にはやけに鮮明な女性が立っていた。


 黒い髪に紫色の瞳。ゴシックなドレスを着た、やけに薄幸そうな女性だ。


 彼女と自分自身は普通に見える。まるで世界の中で二人だけがハイライトされているように感じた。




「おはよう。と言っても、寝ていた時間はごくごくわずか。今も寝ているようなものだけど」


「あなたは……誰だ?」


「薄々気付いているのでしょう? 私は闇の君主と呼ばれるものよ」


「闇の……君主!?」


「ええ。あなたが取り込んだ私の魂が、あなたの力に呼応したおかげで表層に出てこれた。肉体は相変わらずないけど、こうして喋るくらいは可能よ」


 闇の君主はさらりとそう言って笑う。


 どこかぎこちない笑みは、彼女の微妙な心境を物語っていた。


「どうして俺と対話を?」


「あなたに話しておきたいこととかあったから」


「話しておきたいこと?」


「あなたの記憶を軽く読み取ったわ。それで知ったんだけど……シロ。彼女のことよ」


 彼女はくるりと反転。顔を隠して明後日の方角を見る。


「彼女……馬鹿みたいに私のことを慕ってくれているでしょ? 心配になったの。わざわざ魂を切り取って逃げるなんて真似、普通はしないわ」


「それだけ慕われていたってことでしょう?」


「そうね。そこは嬉しいわ。でも……」


 一旦話を区切り、彼女はやや声を小さくして続けた。


「私は……彼女に普通に生きていてほしかった」


 それはまぎれもない彼女の本音だった。


 昔から闇の君主とシロは仲がよかったのだろう。本気でシロを心配する声色だと不思議とわかる。


「だから、私はあなたに協力してほしいの」


「俺に? 俺に何ができるんですか」


「簡単よ。あの子を守ってほしい。私の力を使ってでも」


「使えるかどうかわかりませんよ」


 まだ答えは出ていない。適合していなければ下手すると意識が現実に戻った途端に死ぬ。


 だが、彼女は首を横に振った。


「いいえ。もう適合している。あなたの中には私の魔力が混ざったわ。こうして話していられるのがその証拠」


 彼女が再び俺の顔を見る。


 その瞳には真剣な感情が込められていた。


「だから、お願い。その力を使って彼女を助けて。私も私なりにあなたをサポートするから」


「闇の君主が……あなたがサポートしてくれるんですか?」


「任せて。あなたとは恐ろしいほど適合力が高かったの。だから……たぶん、向こうでも何かしら役には立てるわ」


 彼女は不敵に笑うと、そう断言した。




———————————

あとがき。


本日の20時3分に新作を投稿します!

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